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memento mori


ケンヤに生前、聞かれたことがある。

『お前は家族は作らないのか?』

僕はそれを聞いたときふと脳裏に再会したあの子を思い浮かべたけれど、考えこんでしまった。何も言えないので逆にそう聞いてきた本人に聞き返してみたら、生涯家庭は持たないと覚悟を決めた表情で言われた。とても驚いた同時に、この親友の人生にそこまでの覚悟を決めさせるほど影響を与えてしまったのかと、何か言おうと口を閉じたり開いたりしていたら、可笑しいもの見たように噴き出した。

『サトルは重く受けとめすぎだ』

父の姿や幼少期の家庭での出来事、澤田さんの覚悟を聞いたら自然と自分もそういう考えになっていたのだと少し恥ずかしそうに話していた。それを聞いて僕は、元々大人びていたケンヤが、僕が眠っていた時間に大人として刻を積み重ねていたのだと納得してしまった。

『…なんか、もったいないな』
『ん?』
『モテるのに…』
『今の聞いて、感想はそれかよ!』

笑ってはいたが、ケンヤはこの何気ないやりとりすら大切にしてくれた。僕は本当にいい親友を持った。





だからこそ、申し訳なかった。




思い出す。
今でもありありと思い出す。
車の中で見たあの瞳。
吊り橋の上で対峙したあの目。
好戦的な瞳は、赤色に輝いていた。
荒々しいほどに圧倒的。
それでも対峙した。

思い出してしまう。
忘れられない。
何を今更。
気付くのが遅い?
何かも遅かった?





はっきり自覚したのは刑が執行された後だった。
一時期酷く、四十六日中考えて、胸が苦しくなって、それはまるで”××”でもしているような錯覚に陥ってしまった。でも、もう何もかも遅かった。ぶつけるべき相手はこの世にいないーーー本来なら敗北したまま終わるはずで、リベンジなどできるはずもなかった。あの記憶を彷彿する事柄を感じるたび僕は、思いだすのだ。俺は思いだすのだ。




親友の生前の問いかけを、悩んで悩んでだした返答は、自分の家庭はつくらないし結婚する気がなかった。ずっと俺の幸せを願って育てて支えてくれた母のことを考えれば、親不孝だと思った。母にはその考えを伝えることはなかったけど、あの聡明な母はいい年になっても結婚しない息子の考えに気づいていた。

『あたしのことは気にせずあんたらしく好きに生きていきなさい』

穏やかな老衰で最期に微笑んで逝った。その言葉を聞いたとき、涙が止まらなかった。どの世界にいても、彼女は俺の母だったのだ。
ならば、せめて人様に迷惑かけないように生きようと誓った。






粉雪がはらはらと降りそそいでいる。

(墓前に花を添えよう)

手の方へと視線をやると、そこにある皺だらけを見て動きを止めた。まじまじと、深い皺だらけの手に長生きしているなぁと思う。僕がまだ子供の頃かつての大人達は寿命で見送りもうこの世にはおらず、同年代も先に逝ってしまった。だが、彼らの子供達はなにかと自身を気にかけてくれるのが、申し訳なく贅沢な悩みだった。

筆を持てるうちは最後まで漫画を描こうと過ごしてきたら、自分はいつの間にかこんなにも老いてしまった。そりゃそうだ。あれから何十年も経っている。僕は何十年も前に普通じゃ起こりえない人智を超えた体験をした。リバイバル≠ニいう現象で、何度も人生をやり直したことがある。一人の殺人鬼の凶行と戦うために…あの現象は何十年を生きた今でもよくわからない。唐突に始まり、最初は後悔から、二回目は助けたいと思いから、最後は最善の形で決着をつけた。今思えばあの終わりが、リバイバルを終わらせる正解で答えだったのだろう。

それにーーーあのナニカを知っているのは、この墓で眠っている人だけだ。

「今頃、地獄の業火にでも焼かれているのかな」

思わずこぼれた言葉を誤魔化すように、手で口元を覆うがその行動に意味はない。昔より改善されたものの、この悪癖は治らなかった。周りに人もいないので聞かれることはなかったが、場所が場所なだけに配慮に欠けた言葉だ。ただし、この墓の持ち主がどういう悪行してきたかを知ったらなんともいえないのだろうな。

もう前の人生をどう生きていたのか覚えていない。前の自分は歳をとるごとにいないくなっていく、その人生を大きく上回るほど生きた。

(すべて今の人生に記憶は塗り替えられたというのに)

「あんたの前じゃ俺≠ェまだいるんだよ」

この場所に辿り着くのには何十年もかかった。場所を知るのにも年数はかかったが、どこか後ろめたさを感じて来ることはなかった。時代が何度も変わり、あの一連の事件も過去の話とされ、なにかの特集のたびにテレビの取材や雑誌の取材がくるが断り続けた。その内当時の関係者がほとんどいなくなり、自分もこの先どこまで生きるのかわからないと思ったら、発作のような衝動が抑えきれなくなり、ついにここに来てしまった。
普通の人生を送れるようになってそれがあたりまえになった日から、国内や外国で起こる事件、身近で起こった事件のたびに、ふっとした拍子にいくども考える。今も思う。ここに来ることは、自分の命を助けようとしてくれた人々を裏切る行為じゃないのか?誰かが責め立てるように耳元で囁く。加害者のこの人の墓に、被害者である自分が訪れることが自体がとても罪深いと思ってしまうほど。なのに、自制していたものも花を添えた時点で消えつつあった。それに自分も大概だなぁと笑った。

「あんたに囚われたままだよ」

自由になったはずなのに。

自分が今度こそ死に近づくたびに、死後どうなるのだろうと考えるようになった。あの世界のままなら、俺は親殺しの罪を被せられ犯罪者になっていた。だが、この世界に変わり生きていなかった彼等を生かし知れるはずがない真実を暴き、縁が続くはずのなかったかつての友達がかけがけのない親友になる。
あまりにも違いすぎる結末に後悔はしていない、でもその運命を書き換えたのだとしたら、それが罪なのだとしたら、俺の行いは誰か裁くのか?生きているうちに代償は支払ったはずだが、死後の判定が気になってしまう。

「いや、違うな。これは言い訳だ」

死んだあと、また同じ人生やり直しさせられたりしたら嫌だ・・・それなら、地獄にいるあんたの元に行く方がいい。消えないわだかまりがあって、それをなんと言い表せばいいのか分からない、呪いのような想いを持ったままーーーこんなにも老いてしまった。




生きていたあんたに言えはしなかった、それを言うにはいまだに抵抗がある。
もし、死んだ後に自我あって裁かれるのなら、あんたにまた会う機会あるのなら。

「地獄で待ってろよ、先生」

この人の最期を聞いたとき伝えて置けばよかったと思った。未練があった誤魔化していた、彼に対する奇妙な気持ちを本当は自覚していたのに、自制心が常に自身を戒めていた。今もだ。

身勝手に抱いたものは、誰にも悟らせず一人で終わらせる事にした。この先も誰にも明かすことはないだろう。だから、吐き出せる場所はここでしかなかった。今となって誰にも知られる危険性はない。俺が居る場所は先生≠ェ眠る場所。吹雪いていなく、ぱらぱらした雪が降る。手の平で雪を掴めば溶けて消えた。奇妙なあれもこれみたいに消えてしまえばいいと、そんなことを吐けば自身を嘲笑するようにははっと笑った。台詞のように僕はまた誤魔化した。

結局なんだったんだろうな。同調と秘密を共有を通して、八代に××していたのか。呪いのように××をしていたのか。それとも、敵対した感情が創りだした強敵に××をしていたのかもさえもうわからない。何十年も悩み続けたそれも、今日で終わりだ。

「と、まあ…勝手な言い分だな。これが××だったのかよく分からない、気持ち悪くて可笑しいものだよ。でも、あんたのことをどうであれ思い続けたのは本当さ。乙女かよ、て何度も自分自身に思ったけどな」

ようやく吐き出せたことにホッとしている自分がいる。もうこんな歳になって進む先もないはずが、長年の様々なものにケリをつけた気分だ。最初からこうしとけばよかったな。そう思うと、またストンととなにか落ちた。

後悔してないと思ってたけどさ、後悔している部分もあったのか。

「俺は…」








その感情を、とあてはめるには綺麗すぎると思った。
じゃあどんな言葉がその感情を現してくれるのであろう?










あなたにもたらされた死をずっと覚えている


20/1/4

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