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僕がいない私のいる世界/賢也編




《距離を感じる》16/5/13




(いっけねー!机の中にメモ忘れちまった!)

夕飯の材料が書かれたメモを、母さんから学校に行く前に手渡された。要はおつかいである。教科書を入れた時に、どさくさに紛れ込んでしまったようだ。校門から出た後に気づいたので二度手間にならずには済んだ。


教室に入ると自分の机に向かう。机の中をくまなく探すけれどなかった。

(あれ・・・?ランドセルにはなかったから教室だと思ったのにな)

どこかに落としてしまったのなら心当たりがないから・・・諦めよう。覚えているものだけ買って、忘れたやつは母さんに謝ろう。怒られたりはしないとは思うが。
この歳(中身)になってと少し落ち込み、帰ろうとした。

「藤沼さん。もしかして、探しているのコレ?」
「うおっ!?」

背後に、ランドセルを背負った賢也がいた。手には見覚えのあるメモを持っていた。

「そ、それ、ぼ、私の!ありがとう。どこで拾ってくれたんだ、の?」

口調が混ざりあっている。だの、てなんだよ!?

「・・・掃除の時間に机の近くで拾った。渡すの忘れてたから、ちょうど校門から必死に教室に戻ってくの見えて」

賢也は気づいているはず。間はあったものの、特につっこまれることなく普通に答えてくれた。

「本当にありがとう。助かったよ。でも、け、小林くんは遅くまで残っているの珍しいね」
「職員室に用事があって・・・もう帰るところ。藤沼さんの姿見てこのメモのこと思いだしたんだ」

ごまかすように、もう一度お礼を言い。思わず、もう下校時間は過ぎているのに理由を聞いてしまった。うわーやっちまった。この世界では、会話以前にろくに関わることがないから、懐かしくて気安く喋りかけてしまった。嫌がられてはないと思っておこう。



この世界の賢也の様子を少し見ていたら、いつものメンバー『オサム、カズ、ヒロミ』の三人とは仲がいいみたいだが、あとは浅く広くしたあっさりとしたつきあいをしていた。どことなく『一線』が引かれていた。

それは前の世界でもそうだったのかもしれないけれど、この世界ではこうなんと言えばいいのか、前の世界よりも他人に諦めているような気がした。リバイバルする前の小五以前のケンヤをあの頃詳しく理解していなかった。理解しようともしなかった。

・・・リバイバルが与えてくれた時間がケンヤと深い縁をつなぐことになった。

加代とはまた違う、危うさがあるんだよな・・・僕自身のことは棚に上げているけどな!
とにかくだ。八代は少女ばかりを狙っていたがいざとなったら、少年も殺せるのだ。賢也ものことも気をつけておかないと。今はまだ、この街に八代がいないとしても。


「じゃあ・・・しったけ。藤沼さん」

用をすませたという感じで片手を上げ去っていく賢也に、僕は急いで言葉を返した。会話が続かない!

「し、しったけ。小林くん!」



(藤沼、さんか。僕も『小林くん』なんて呼んでいるけど)

遠ざかる賢也の黒のランドセルと、自分の赤のランドセルを見比べる。

二つの色の差が、明確に『最も変わってしまった相違』を突きつけられているようで、無性に寂しいようななんとも言い難い気持ちになった。



この世界では、賢也とは『親友』にはなれないのかもしれない。
それでも俺は、またお前と『友達』になりたい。



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