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神様の手違い


寒空の下、白い息が出ている。外であることは間違いないが雪が降る季節ではなかった。
狭い堀の中だったはずだ。

「ありがとう、先生」

雨上がりの空で雲の合間から光が差し込む光景を背景に、あまり目線の変わらない位置で少しやつれていたあの澄んだ瞳。ーーーが見下ろせる位置で、僕を尊敬しているといった輝く瞳に変わっていた。

あの青年は見当たらず。
少年の姿をした藤沼悟が、そこにいた。

あたりを見合わせして、どこかで見覚えがある既視感・・・確か加代の件が終わったあたりかだったか?ちょうど、こんな日だった気がする。

これは夢か?

なぜいまさら、こんなことを思い出しているんだ。藤沼悟を見てあの屋上の件が思いだされたが、そもそも僕は死刑に決まり外にでることはない。脱獄した覚えもなかった。現実がどうか判断できず、藤沼悟を見たまま思考に没頭していた僕を、変声期前の子供特有のやや甲高い声が聞こえた。

「・・・先生、どうしたの?」

不思議そうな顔をする藤沼悟≠ェ、心配した様子でいる。

ーーーこの声を忘れるはずがない。何度も何度もこの声が頭の中に響き、あの最後の叫びが十五年間繰り返し反響していた。

ある日、突然変わった少年。
自分の行動を先読みするような出来事。
あの屋上での彼の発言。

答えに辿り着いた持論。最後の裁判。

ーーーまさか、この子供と同じように時を繰り返した≠フか?

悟に見えないように、手の甲を抓るとしっかりした痛みがあった。何をしているんだとも、思った。



一旦、ここが現実だと確かめた。


あまり無言のままでは不審に思われる。

「なんでもないよ悟=v

この子供に、八代先生≠フ姿が映るように笑った。
悟に近づきその頭を撫でてやる。小さい、柔らかな髪の触感がする。まるで、彼の望む父親≠ンたいに。目線を合わせて、悟の瞳を覗きこんだ。あの屋上で見た瞳を思い出す。

「悟がとった勇気ある行動の結末が『悲劇』でいいハズがないだろう?=v


その瞳がさらに輝いた。





もう何十年前の出来事を記憶の中から掘り起こし、その時のように悟に言ってやり、行動してすべて片付けた。

すべて終えて、から当時の自宅へと帰宅して家の中に入った。
ふうとため息ついて、笑いだしたくなるのを抑えこむ。

まさか、まさか、まさか!
時を繰り返すなんて!
タイムトラベル?
いや、細かいことはどうでもいい!
種明かしはわかってしまったが本当に衝撃だ。
もはや想像の世界。
蜘蛛の糸が見えていた僕が言うべきじゃないかな?

小さいが書斎室の机に席をつき、すぐさま紙に頭の中を整理しようと考えたことを書き出す。



まず、この頃の計画を行動に移そうとしていたのをすべて破棄≠キることにした。心の穴を埋めるのも少女達を救済する使命も実行しようという気は消失してしまっている。悟によってもたらされたモノが、確かに僕を満たしていた。しかし、未来で対峙して受け入れてくれた記憶はこの世界≠フ彼にはなさそうだ。あの瞳は自分のすべてを知っているのならもう向けられない類のものだった。加代の件はこの時点ですでに失敗しているが、杉田広美、中西彩の件が終わっていない段階なので探るような素振りや不審な動きもなかった。それに、記憶を取り戻した時に試した反応もわかりやすかった。完璧に隠せない性格だ。

ーーーなにはともあれ、僕がもう人を殺すことはない。

もうそれをする意思はない。

そして、過去に起こした事件は僕が自白しないかぎりバレはしないだろう。過去にしでかした件についてなんの後悔はないし、せっかくの機会を堀の中で贖罪していこうという気はない。つまり反省もない。ただ気がかりなのは、事件を追っていた記者や勘の鋭い人間も複数いることだ。悟はもちろんのこと賢也も油断はできない。婚約者や西園のようなことが起こらないとはかぎらないのだ。完全犯罪だと自負していてもある日想像つかないような事例で暴かれる・・・実際に経験した。現在の状況も追加だ。

このまま野放していては、僕の今後に影響がでることは間違いない。殺す以外の対策を取らなくては。やることは山ほどある。彼らの行動に注意はするとして、これから起こそうとした件の準備品を速やかに処分だ。失敗といったら間違いなく反感をかうだろうが、 前回は捕まり裁かれ死刑囚になったからな徹底的にしないと。

その後ごたごたはあったが最終的に死刑と変わらなかったが、本当にあの弁護士には手間をかけさせられた。あんな人間ごときにあの敗北≠ェ覆されるなぞ穢らわしい・・・まあ、賢也の成長を見れたのはいいものだった。あの力強い弁護を見るにいい弁護士になるだろう。元教え子の成長に最期≠ノ何か言ってやりたくて、僕らしくないことを言った気もするが、あれもまた僕の本心の一つではある。

それに、あの時の裁判官に対する話も理解していた。アレがわかるのは、悟本人と、その関係者で抱いていた疑問と違和感の答えを最後まで探っていた賢也だけだろう。いや、もしや藤沼佐知子もうっすらとは・・・この考えは今はもう関係はないことだな。



それにしても・・・一番の問題が悟本人だな。

あのバスにあるそれ≠ノ気づいていたようだが、二度も同じようなやり方は使えない。前回、計画を失敗したことにより荒れておざなりに処分した感が否めないと思う。痕跡残さずにしよう。

幸い、前回の時点でも今回の時点でも、気づいてはいなかったが前回のように心の奥で引っかかっているはずだ。疑心暗鬼とまでいかずも、真犯人がいると確信している状態では、いずれ僕だと気づく可能性はある。見た目は十一歳でも中身が二十九歳らしいからな。ただの子供なら誤魔化せるが中身が二十数年生きていておまけに聡いのもあいまっている。この世界でも、広美のことはもちろん警戒するはずだ。中西彩のことも奔走するだろうから、前回と同じようになるだろう。

救済の計画に移す気はないが、その時起きた出来事は利用させてもらおう。車内での飴の共犯者とプリントの件あれは成功だった。悟を誘き寄せるために仕組んだ美里の孤立も、アイスホッケーとは違う手で再利用しようか。加代と仲直りするように誘導して、悟や子供たちが動きやすくすればいい。

給食費の件はもし掘り返されてもどうとでもなる。加代の一件で、悟でさえすんなり信じこんでいたのに、まわりの人間がまず僕を疑うことはない・・・おっと。慢心には気をつなければ。まわりから理想、完璧≠ノ映るのもなんらかの疑念を抱かせることがある。一般的に人間的≠轤オいとされる一面を少しずつ見せていこう。今回は、興味もない結婚をするつもりも、議員になるつもりも、ないからその手間を省くだけ楽だ。


だが、犯人に使おうと思っていた白鳥親子は今回は使えない。前回でも結局、悟に阻止されたが・・・いっそのことこの街か、隣街でもいい。実兄のような前科≠ェある者を探しだすのも手かもしれない。そんな都合よくいるかどうかはわからないが、ゴミのような人間はどこにでもいる。隣街の父親や、白鳥潤の人柄をもう少し調べていればと少し思うことはあった。

父親の件はどうしようかな?もうすでに僕の手から離れた案件だと思っていたが、あの裁判の一連で賢也の父親や記者の・・・彼らの無実を信じ続ける人間もいたことを、視野に検討しておこう。


とにかく、自分の蒔いた種とはいえやることがたくさんあるな。

これから忙しくなりそうだ。









死に対する恐怖はなかった。

時を戻りたいとも思っていなかった。あの結末に満足していたのだ。

ああ、でも、もし後悔しているのなら。



今の僕自身を考えるのなら、かなり意識が変化したと思っている。

これからしようとしていたことはすべて破棄して、償える≠アとはしようとしているんだから、ね。

それも。悟。

君のお陰だよ。
君が埋めた心の穴が、あの敗北が僕を変えた。
もう、君を殺そうなんて考えはない。君の十五年間を奪うつもりはない。

でも、僕は君なしではとてもーーー生きてはいけないんだ。



時間を繰り返して生きていくのに、君の存在は必要だ。



(カミサマ、とやらも大きな手違いをするね。どうして、僕なんかにこの機会を与えたのか?)



16/4/22

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