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年月と募る思いと心境の


ベッドに眠る少年だった、青年を見ている。

殺したと思っていた少年が眠り続けて数十年。
少年の姿が青年へ姿へと、成長していく様に時を感じる。

そう思いながらも加害者が、見守り続けているこの状況も滑稽だ。思わずふっと笑いがこぼれ、咳払いして誤魔化した。そんなことせずとも、彼の母親も病院の関係者もこの場には居ないというのに。


ちょうど見舞いに来た時、タイミングよく彼の母親が、席を外す用事ができこの場を任された。

もちろん信頼されている≠フは最初からではない。彼が眠りについた初期こそ僕のことを疑っていたようだ。現に現在までばれてはいないが、アリバイ工作を完璧にしていたにもかかわらず、幾度となく何か言いたげな視線をよこしてきたものだが。結局、確信がないのか直接は聞いてはこなかった。

一時期、僕と彼女の関係を下世話に想像をする輩もいたが、好き勝手に話されたことを利用させてもらったので悪いばかりではなかった。少しそれを良い方に、捉えられるように印象操作すればいいだけさ。おかげで母親からの疑惑が薄れ、信頼されるきっかけにはなった。人間関係の土台が安定して、あとは少しづつ積みかねればいい。

僕と彼が室内で二人きりになったとしても、彼女には彼の世話を任せられるくらいには信頼関係は築きあげた。それが今の状況だ。


どうにもあの母親の洞察力・観察眼、直感が鋭いようだ。眠り続ける彼ほどのスパイスではないけれど、彼女もなかなかスリリングを与えてくれる。親子ともども、本当僕を楽しませてくれる。

・・・もし聞いてきたとしても、あの婚約者のように彼女は始末はしない。殺す選択技は省いて、様々な対応ができるよう手段は用意していた。彼女は彼が目覚るのに必要な存在だ。そんな考えを抱くくらいには、彼女の子供に対する思いは知っている。

母親の執念か・・・無償の愛とでもいうのか。それについて理解などできないが、いつ目覚めるかわからない息子(人間)を一番に支え続けるのはあの母親だろう。






室内の空気を入れ替えるため、開けた窓から心地のよい風が流れこんでくる。

風によって青年の髪がさらさらと揺れた。その表紙に顔に掛かった、髪を払いのける。触れても目が開くことはない。

柄にもなく、長い年月眠り続ける君をあの有名な童話のようだ、と思った。唐突に思い浮かんだのはこの前入院しているあの少女に、童話を読み聞かせたからか。

(・・・唇を重ねたら起きるだろうか)

少し好奇心がでてきて、これで起きたなら最高に傑作だと口端を吊り上げる。



彼の、顔に近づけてみたーーーがやっぱりやめた。
最後に見た絶望した表情と、それから諦めのない苛烈な瞳がちらついた。

また、あの表情が見たい。殺しかけてなんだがこの数十年、随分な心境の変化だ。


(君が目覚めた時こそが、僕に空いた穴が埋まるのだろうな。ああ、待ち遠しいよ。悟)




キスする箇所には相手の心境が現れるらしいち、どこかで聞いたそれを思いだし。なら、僕は。






髪を一房、手にとってくちづけた。


16/4/12

口に『愛情』髪に『思慕』

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