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この花を


「つ、疲れた…」

忙しかった。多忙な仕事のせいで。
ネームを考えるという名目で、束の間の休息するため街へとぶらり出て行った。今日はなんだか賑わっている雰囲気。

最寄りの商店街にある花屋の軒先を見て、今日が何の日か思い出した。母の日か。でも今日、母さん…用事で帰ってこないって言ってたな、と思いだす。手元に取り出した手帳で予定を確認すると、自分の字で書かれたメモを見つけた。手帳に書いていたはずが、すっかり忘れてしまっていた。

母さんに、何かプレゼントを手渡すのは十歳≠ナ止まった。それから十五年の眠りとリハビリ、社会復帰、夢だった漫画家という仕事。言葉では伝えていたが、疎かにしていた行事。この日に、メモをしているのは数ヶ月前いや、数週前の自分が、母に何かを贈ろうとしていたからだ。大事なのは気持ちだよな。そう思い、花屋へと向かう。

店内はカラフルな花々に囲まれ、人々が賑わう。あまり花屋にいかないのと、少しだけ気恥ずかしい気持ちになる。店員さんがこちらに気づいて笑顔で声をかけてきた。

「いらっしゃいませ、母の日の贈り物ですか?」
「はい」

予約も何もしておらずそう時間もあるわけではないので、店内に飾られた母の日用のフラワーアレンジメントを一つ指差す。即決で選んだのは、定番のカーネーションがふんだんに使われた、赤とピンクの可愛らしいアレンジメント。

「これを頂けますか」
「こちらですか?」

しまった。これを持ち帰るのは、なかなか恥ずかしいかもしれない。大きな手提げの紙袋から覗く花を見た。



そんな時に限って、事はすんなり終わらないのだ。

「おかえり、悟」
「え?母さん!?」
「何、慌てんだべ?ん?その大荷物」

玄関を開けると、母がいた。この時間帯はいないはずなのに。なぜ、いるんだ。だが、この母に関してなかなか思う通りにいかない。しかも、目と目がばっちり合う。手に持っている花もばっちり見られた。サプライズにするつもりでもなかったが、少し呆気ない手渡しになってしまうな。

「これ、その母の日の花」
「…覚えてたんだね」

「えっと、いつも、ありがとう」

手に持っていた花を、凝視していた母がぽつりと呟いた。なんだか気まずい気持ちになって、普通に言おうとしていた言葉はたどたどしくなる。

「……」
「か、母さん?」

沈黙したままの母が、口元を両手で隠す仕草した後。ぶわっと効果音がつきそうな勢いで、目から涙が溢れた。

(ええっーーーーー!?)

普通に笑って受けとってくれるだろうと思っていたので、この想像だにしない反応に僕は花を手渡す格好のまま硬直してしまい。
玄関の騒ぎに気づいたアシスタントたちに発見され、タイミングを見計らったように尋ねてきた担当者さんをも巻き込んで賑やかな母の日になったのは後の話。もちろんお馴染みの知り合いたちにも、この出来事が伝わっていた。






子供の頃、母の絵を描いてプレゼントしたことがある。母は泣いて喜んでくれていたように思う。
これは、あの時とは違うけれど、この時を大切していきたい。

あなたへの愛と感謝を

18/5/20

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