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君が目覚めない日々は(V)



『先生・・・いえ、何も無いです』

一度だけ押し殺した声音は言い淀んで、問いかけるのをやめた。そうだとしても探る様子を窺えた。

藤沼佐知子からの疑惑。
本当に悟のこと知らないのか、彼女はそう問いかけようとしていた。

あなたの勘は正しい

真摯な態度で警察の捜索協力をしていたが、彼女の目にはどう映っていたのか。この時、彼女の疑惑を薄れさせていくことを優先した。適度な距離は計り間違えず、にね。

それもあり彼女の周りに、隣町で起こした事を嗅ぎまわっている人物がいる。それに関して確か賢也の父親も弁護していたはず。直接関わりはないが間接的に身近に繋がっているとは・・・感慨深い。賢也からも幾度か視線は感じる。その態度を隠しているつもりなのが、子供らしくて可愛いが。悟が賢也にどこまで話していたかによって、今後の接し方を注意しなければならない。下手なフリはあの勘の鋭い子供に今、確信を持たれるとやり辛くはある。 演技は程よく、完璧にしておくに越した事はない。近々なんらかの反応は起こそう。引き出せたらいいんだけどな。



なんとか暇が作っては家の中を改築していく。改装ではなく仕掛けを施す程度だ。
この家は中がしっかりした作りだがそれはリフォームされてあっただけで、外観はあまりいいものではないが、それはそれで役割をはたしている。

我ながら、この家のことを咄嗟に思い出せたのはよかった。

美里を囮にして悟を誘導し仕掛けを施して車ごと沈め、目的を変更して連れ去る方向へと。リスクはあるのは承知で、今住んでいる自宅へ連れてこうとしてる最中。母方の祖父母が残し一つだけ持て余した存在が、脳裏に過る。

『存続、だの邪魔くさいと思ってたから、な。まだ権利はこっちにあったか?』




そして、ひとまずここへと悟を運ぶ。それからは、今の状態に整えていった。ずっと使うつもりはなく、一時時的に今の騒ぎが収まるまで目眩し。大層なものでない。疑われ徹底的に身辺を洗われたら一発でアウト。そんなものだ。

元の場所へは定期的に帰っている。すぐに引っ越すのは得策ではない。前の生活と変わりないように表向きはつとめているが、ここへ帰路につくのに手間はかかりこれまでの生活も明らかに一変していた。悟が目覚めなくても、やることはどっさりだ。手が回らなくて積もりに積もっているが、生き生きした気持ちがわいてくるのは不思議だ。追い詰められる趣味はないんだけどな。

今でも何故こんなことをしているのかと、自問自答。

それはすべて悟が目覚めたらわかるような気がして、日に日に早く目覚めろ、悟≠ニ募っていく。自分で彼を昏睡状態にしたというのに、なんて勝手な願いだと自身を嘲笑した。

彼は一カ月近く経っても目覚めていない。




その日は、ベット近くで読書しながら悟の顔色を観察する。日が経つに連れ、良くなっていくように感じていた。悟は何か見えない力≠持っているのか・・・予測に過ぎない。

目線を手元の本におとそうとした時、それまで規則的な呼吸音しか聞こえなかった存在が、少し身動ぎをした。ゆっくりと閉じていた瞳が開いていく。ぼんやりとこちらを見るその瞳に、今まで味わったことのない痺れが全身を駆け巡った。


その光景に僕は、ようやく。


16/6/26

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