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君の目覚めない日々は(T)



冷たい水に落とした小さな存在は、かろうじで息があったが起きる気配はしない。戻り用に用意していた車に乗り込み、後部座席に寝かせた。

エンジンをかけ車の暖房を最大までにして温める。

「あっ、しまった」

逃走用のルートは把握しているが、今回の件、代わりの主犯者を用意するのすっかり忘れていた。体育館にも応援に来た子供たちを残してきている。当初の計画では悟を殺害してから、戻る予定だったがもはや破綻している。僕も水に濡れているし、この姿の悟を人が集まる場所に連れてはいけない。病院にもだ。

「助けたとしても、このまま死んじゃうか」

バックミラーに映る後部座席に横たわる存在を見た。捕まるか?これはまずいと頭の中で警鐘を鳴らしているが、腹の底から笑いだしたい気分の方が勝っている。

(慎重派ではあったんだけどな、悟のことにかまけすぎて粗ばかりじゃないか。だというのに殺す寸前まで追いつめ、止めたが意識不明の重体。そんな状態で監禁しようとしている。我ながら狂気じみている)

自分に若干呆れつつも、最高に愉快だった。実際のところ余裕などないが、先ほどとうってかわり予感めいた何かが告げていた。




ねえ、知ってる?四組の藤沼くん。家出じゃないんだって
家出じゃなくて、行方不明なんでしょ
もしかして、ころさ
ちょっと、あんた!
ご、ごめん

放課後ひそひそと人通りの少ない所で、子供たちが内緒話をしていた。内容は悟のことだ。

「こら、お前たち。用がないなら、早く帰りなさい」
「きゃっ!八代先生!ごめんなさい!」
「は、はーい!先生、さようなら!」

「さようなら、また明日な」

僕に気づいていない、子供たちの背後から少し硬い口調で注意する。びっくりして、慌てた子供たちはそそくさと帰っていく。それを見送ると、職員室へと戻った。大人がどんなに隠そうとしても、いつの時代も子供は環境の変化に敏感だ。案の定、情報も漏洩している。

(子供であの程度か。保護者たちにはもう少し深く浸透しているか?情報規制はあの人が働きかけているはずだ・・・確か、深夜と早朝のみか)

「八代先生、まだ残っていたんですか?無理せず帰宅しても」

職員室でこの前行った小テストを採点している、隣のクラスを受けもつ男性教師に声をかけられた。手に持っていた紙を置くと、彼の方へと顔を合わせた。

「いえ、もう少しで終わりますし、いつまでも腑抜けているわけには行きませんから」
「・・・八代先生」
「すみません、しっかりとしないといけないのに・・・私は・・・僕は」
「八代先生は十分頑張っていますよ。だから、私たちも支えたいと思っているんです。頼って下さい」
「・・・ありがとうございます」

顔を少し下に向け目を伏せると、微塵も疑っていない*レの前の相手は、自分が見えた通り都合よく受けとってくれるだろう。周りの人間から良い印象を抱くように行動を気をつけていたが、ここまで信用信頼されているとはね。悲しげな表情で演じる♀O面。表にださない内心、彼の労わりを冷めたように聞いていた。だが、好都合にはかわりはない。



悟を連れ去って、二週間近く過ぎている。ごたごたも落ち着いて、送る日々は変わり映えなく穏やかだーーーただ、悟は目を覚ましていない。


16/5/26

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