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足掻く姿がもっと観たい



この生活の始まりは、約一年と九ヶ月前の三月十四日。


これまで、いくつか自身をおびやかすことはあった。それも対処はしてきた。自分を追い詰めた子供にも吐露した言葉を、もう一度繰り返す。

信じられなかった。自身の思考を先読みする存在がーーー悟を。

計画を一つ一つ潰されていくこと、焦りや衝撃があった。だが、体育館に悟の姿を見た時に、敵だと認識し思わず笑みがこぼれた。それまで燻っていた疑念が確信に変わり、ようやく代償行為を得られると。美里のことばかり気にかけていた悟が、僕が提案せずとも車に乗せて白鳥食品の車を追いかけてほしいと頼まれたことには、苦笑をもらした。だって、僕のことを信頼しきっている。なんの躊躇いもない。

だから、追いつめ返し、絶望する表情を見たとき、歓喜が湧き上がった。僕が話をきりだすまで、最後まで信じていたのだ八代学≠ニいう人間を。この子の、彼の表情から色が抜けおち茫然自失の状態を見つつ、目的の地へ車を走らせるまでの僅かな時間はしばらく得られていなかった感情で満たしていた。

彼は聡い。おそらく犯人≠フ目星はついてはずだ。
細かな情報はどう集めたかまではわからないが、加代が隠れていたというあのバスに僕はまんまと彼だけが気づく痕跡を残してしまっていたし、たびたび階段の踊り場で賢也と深刻な顔で話しあっていた。身近にいると彼は確信していた。そして、その人間も限られている。白鳥親子を最初から除外しているふしがあったようだし、加代の母親と愛人もその線が消えた。残る条件に合う相手なら答えは明白。立証し警察へと突き出せる証拠や根拠はないだろうけど。

それを上回るくらい僕は君を信用させて信頼させたが。



先生はとても嬉しかったよ。君が絶望し死の恐怖を抱いても、僕を最期まで睨みつけていた。その気迫は、おおよそ子供がだせるものじゃない。君の勇気に敬意を抱いている、これは口だけじゃなくて本当さ。それが、君の敗因となる仇になったんだけどね。




沈みゆく車から聞こえた叫びに、戻る足を止めた。

あの子供の最後の足掻きだろうとしても、それを無視して去っていくことに躊躇いが生じた。

ここまで自身を追いつめた子供を、殺してしまうのは惜しくないか?
いま行った代償行為を無駄にする気か?
正体を知った相手を生かすのは危険だ。
計画を組み立てて実行していた時には思いもしなかった、考えが浮かび上がっては消えを繰り返す。

座席部分はとうに水に浸かってしまっていた。このまま手を加えずに、そのまま立ち去されば、計画通りに死ぬ。殺害を行う地としてこの場所を選んだが、まったく人が通らないわけじゃないというのに。悠長にしている間はない。そうこうしているうちに、時間は刻一刻と迫っている。

この子供の死はお互いの代償を支払い得るため。ゆえに、必然。
この街の平和の為に子供は死に、僕はこの街からいなくなり、これからも僕は僕に与えられた意思を遂行していくだけだ。それは、この計画を立てた時に決めた結末のはずだ。






欲望は満たせていなかった。苛立ちもあった。でも、僕は愉しかったのかもしれない。
愉快だったのだ。このゲームが。君に追いつめられることも、追いつめることも。

そして、僕も君もゲームオーバーをむかえた。
しかしーーーリセットして別の楽しみ方をするのも、ありなんじゃないないのだろうか?

藤沼悟≠ニいう人間を知ること≠、いや、彼から直接聞かなくても彼の行動、洩らす言葉から推測して指摘してやるのも。もっと危ない橋へと渡るのは危険すぎる寄り道だが、スパイスとはスリルもつきものだ。

「・・・せっかくの勝利を棄てようとしてる僕も」

着ていたコートとスーツの上着を脱ぐ。土壇場で結末を変えるつもりなどなかったというのに。

「バカだなぁ」

わざわざ水の中に、落としたものを拾いに行くなんて。


真冬の水は冷たいだろうなぁと、沈んだ車へ向かった。


16/5/21

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