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言い間違えただけ



「次、悟。この問題はーー」
「え?はい、お父さん」

少し考え事をしていたからだろうか。先生、と返事しようと口を開いたら出てきたのはお父さん≠セった。


前方から目を瞬かせてこちらを凝視する八代と、あらゆる方面から視線を感じる。
堪えきれずといったように隣の美里がふきだしたのをきっかけに、教室中に爆笑が響きわたる。

「ほら、みんな静かにして授業再開するぞ。じゃあ、この問題わかる人ー?」

ざわつき始めた教室を一言でまとめて授業を再開させた。はーいと元気よく手を挙げる子供たち。なんて切り替えの早い。八代が黒板の方へ視線をそらすさい片目でウィンクしてきた。気にすんなという意味をこめてるのか、やめろ。いたたまれない。

ちらっとその隣の隣を見ると、ケンヤが気にしてない風をとっているが微妙に肩を震わせていた。ああ、これは休憩時間にからかわれるぞ。特にオサムとかカズに。


チャイムが鳴って、休憩時間。案の定、机の周りを取り囲むようにオサム、カズ、ヒロミ、ケンヤが集まってきた。

「サトル、やっちまったな!」
「あのタイミング狙ってただろ!笑いすぎて死ぬかと思った」
「サトルくん、えっと僕も間違えたことあるし気にしちゃ駄目だよ!」

矢継ぎで言葉をかけてくる三人に俺はひきつった笑いを浮かべるしかない。ヒロミは気にかけてくれているが、かえってトドメをさされた気分になった。気持ちは嬉しいよ、ヒロミ。

「どんまい」

一人だけ無言でこちら見ていたケンヤが、肩に手を置き。微笑を浮かべて労ってくれた。
お前、思い出し笑いしてないか。



「八代先生がお父さんだったらいいよねー!」
「私だったら友達に自慢しちゃう!」
「勉強でわからないところとか、宿題とか家で教えてもらったり!?」

俺たちの会話を小耳に挟んだのか女子のグループが、きゃーー!それいい!と楽しそうに喋っている。つらつらとよく会話が盛り上がるな。

「・・・女てよくわかんねーや」
「でも、先生優しいのはわかるな。俺、親父にこの前ゲンコツ喰らわせられたんだぜ」
「自慢気に話すなよ」
「何やらかしたんだよ」

チャイムが鳴って短い休憩は終わる。次の授業に取り掛かろう。




八代という教師に父親像&いたあの日から、常ではないが父親だったらと思うようになった。加代の件で連日関わることが多くなりこの前の飴の件で意外な一面を知って、つくづくリバイバル前と大きく違うので感慨深い。たまにドッキリしてしまうが。

こんなことがなければこうもあの教師と親しくなるなんてなかっただろう(こんなことが起こる方がありえないが)それにしてもその意識が、ぽろっとでてしまうなんて。気をつけねばと思いつつも大概、加代相手に色々発言していたことを棚に上げておく。

と、まあ。

こんな日に限って帰り間際、提出期限のあるノートを出し忘れていたことに気づき両手で顔を覆った。職員室へ行くのは気乗りしないが、期限を守らなければ追加の宿題が増える。追加の宿題が嫌な二十九歳という図とか自分のことながらカッコ悪い。



入り慣れた職員室に入室すると八代しかいなかった・・・八代しかいなかった。

「悟、どうした?・・・ああ、ノート出していなかったのか」

一言謝り、差し出された手にノートを渡した。

失礼しますと言って退室しようと、八代の顔を見ると観察≠オているような瞳と何か含みがある表情に少しだけ背筋がひんやりとした。親しくなると今まで気にしていなかったことも気になってしまうのか。

「それにしても、今日の、ふっ、悟の発言には吃驚したなー」

その異質な雰囲気はすぐさま離散して、いつもの八代に戻っていた。気のせいか。
からりと笑いながら今日のことを掘り返す、笑いを押し殺したように言うなよ。あらかさまな不貞腐れた態度をとってやろうか!

「先生、今日のことは忘れてよ」
「お、今のは間違えていなかったな」

「・・・ちょっと考えことしてただけだよ」
「授業中に考えごととは感心しないな」

「う、それは、えと、ごめんなさい」
「で?俺のことでも考えてたのか?」

「・・・先生、楽しんでない?」
「悟の反応が面白いから、つい」
「・・・」
「あ、無言で帰るな」

机に肩肘をつきながらにやにや笑う姿に、八代の新たな一面を知ってしまった気分だ。ノート忘れてて提出にくるのを待っていたんじゃないだろうかと邪推してしまう。

それに勘の鋭い人だから、話しててボロを出してないか不安になる。これ以上、妙なことを口走る前に妙なことを言われる前に撤退しよう。



「お前にそう言われるのは、案外、嫌じゃないんだけどな」



顔から火がふけそうなくらい羞恥心に襲われた。
だから、そうやって頭を撫でるな!ウィンクすんな!言い間違えただけだろー!




周りとの距離を縮めるなか、確実にこの教師とも関係が縮まりつつあった。



16/4/6

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