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彼はXデーとは気づかない(V)




やや緊張感のある雰囲気の中、玉ねぎを切る音と八代が短く呟く。

「あ、しまった」

指を切ったらしい。小さな傷ではあるがまな板にうっすら血が滲む。

「先生 、手当てしないの?」
「これくらい大丈夫さ。血だって一瞬だけだ」
「ミンチ肉と混ぜ合わせる作業残ってるじゃん」

こんな小さな傷くらいいつもならどうでもいいのに、この日はどうしても気になった。八代が水で洗い流しそのまま続けているのをじっと見てると、意地が悪そうにニヤリと笑った。

「先生のエキス(血)入りは嫌か?」
「・・・あんた毎回よく思いつくよな・・・その言い回しが嫌なんだよ・・・」
「言い回しが嫌なだけか、悟は」
「都合のいい解釈すんじゃねーよ!」

絶対なにか言うと思った。意味深な言い回しにも慣れてきたが、そんな問題ではない。
絆創膏くらい貼れ。


仕方なく救急箱から絆創膏を取り出すと、八代に近寄る。

「やし・・・先生、怪我した方の手をだして? 」
「え、悟、」

意地悪そうに笑っていた八代が困惑したような、不思議そうな顔をしている。もう、いいや。手首を掴んで蛇口で水をだしてテイッシュで軽く拭き、絆創膏をはった。

「これで後はそのうち直るだろ。それから混ぜ合わせるのは俺がやる、あんな物言いのあとなんかに食う気になっ、る・・・先生?」

絆創膏をはがしたゴミを捨てて、振り向けば微動だにしない八代。不審に思い顔を見上げると、信じられないものでも見たかのようにこちらを見下ろしている。今の行動のどこか変なところあったのか、ないはずだ。

「・・・悟」
「なんだよ?」
「今、君は僕を手当て≠オたのか?」
「え、手当てって、絆創膏貼っただけじゃん」
「水で傷口を洗いテッシュで拭き取り傷口に絆創膏を貼る。という、応急処置したのか」
「そ、そうだけど。なんか大げさすぎない!?」

まじまじと絆創膏を貼った手を眺めては、こちらを見るという作業を繰り返している。いい加減鬱陶しくなってきた。このままでは夕飯が遅くなってしまう。それに、八代も明日も仕事あるんだから悠長にしている場合じゃない。

「絆創膏をくらい貼ってもらったことあるだろ、先生だって体育の授業とかで」

急かすように言った言葉だった。他に意味は含めていない。て、無意識に体育の授業とか声に普通にだしてた、うわっまたこいつに何か言われーーーることはなかった。



「・・・そうだな。ははっ」

さっきの様子もだいぶおかしかったが、いきなり笑いだした。本格的におかしくなってしまったのか。それを機に、何事もなかったようにし始める八代は不気味だった。




食事は無事に済ませ風呂に入って、さあ寝ようとベッドに潜りこむ。
八代の趣味なのか、ビックサイズのシングルベットで強制的に一緒に寝ている。この環境で、この状況はとても八代の性癖を疑うが、体をまさぐられる以外いかがわしいことは強要されてない。この一部分だけでも充分アウトである。

別々に寝たいと抗議しているがまったく聞き入れてもらえず、今の今まで俺は抱き枕という謎の立ち位置におさまっていた。前に寝苦しいと思って、目を開けると寝ている八代の顔面どアップで叫んだ。距離感が近いんだよ。

圧倒的な体格の差で抜け出せないし、冬場は湯たんぽにされて中々眠れなかった。夏場になると頻度は少なくはなるが。一人で寝ろよ。俺に対する嫌がらせと納得させているけれど、それは自分に対する言い訳にすぎなかった。



微睡みの中で先ほどの食事を考える。特別感はなくあっさりと終わった。

でも。

(・・・ハンバーグおいしかった。ケーキはどこに隠してたんだ、とは思ったけどさ)



こうやってずっと振り回されていくのだろうか。
これ以上、あんたと思い出≠ネんて作りたくないんだ。



16/4/21

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