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自覚がある逆ギレ



薄暗いけれどとても広い大きな部屋に、俺はいた。
夢だとわかったが、隣に人の気配がして何故だかそいつに無性に自分が考えていることを語りたくなった。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


特に互いの関係に劇的な変化はなく、表面上はなるべく平静を装っている。どことなく緩い日常が続いてはいた。だが、いつ八代の心境が変わるかわからない。俺のことを監禁する理由も俺の言動に追及してもこない、のもあって一年以上一緒に過ごしているが、八代という人間は得体が知れないまま。

外には出れず部屋の中でやることも決まっている、喋り相手は一人だけとなると嫌でも関わらなくてはならなかった。あいつの方法をとるのも嫌ではあるが、八代曰く『敵を知ること』を実行してつぶさに観察してみても・・・わかったことに自信はない。

ほぼ予想か、本心がわからない。

最初こそ、いかがわしい触り方をしてくることに警戒していたし、今もあの行動は鳥肌のたつものだ。そこに、いわゆる情欲≠ェあると思っていた。とにかく、それで貞操を心配していたんだが今のところその可能性が低いと気づけた。だから、気にしないこともないが。あと俺に見せるあの甘い顔も本心ではないようだ。おそらく好意≠ナはない。でも、なぜそんな手間のかかることばかりするのかがわからない・・・飴と鞭とでも思ってんのか?ある意味成功してるちゃしてるけど。それに気づいて少しだけ寂しく・・・いや、違う違う!なんであの殺人犯に、俺がそんなこと考えるんだ!?そんなもんあっても困るだけだ!しっかりしろ、二十九歳!これは奴の手口だ。人の心の中に入りこむんだ。

・・・ああ、やばいな。

車の中で見た本性も、冷たい水の中で殺されかけたことも、結果的に阻止してきたとはいえ何度もリバイバルして母さんや雛月達を殺してきたことに憎悪をわいたのは事実だ。それは本当だ。なのにこのちぐはぐな感情はなんだ?

リバイバルしてあの数十日(暴露されるまで)の間で八代を信頼していたことがこうも深く残っているなんてーーー気を置いているわけではないが、この生活に慣れつつあることも悩みだ。心の中で警鐘を鳴らしては、焦燥がわいておさめるを繰り返している。ただ一つだけひっかかってはいるが確信していることがある。八代は俺との約束≠守っているようなんだ。


それまで、無言だったそいつが初めて口を開いた気がしてそれに返答する時。

「え?なんで、確信してるかっーーー」
『さとる、おきなさい』

誰かの柔らかな声が聞こえた。せっかく聞いてくれたのに、こいつと今は会話中なんだ。
それでも、おかまいなしに目が覚めた。




「・・・ん」

目を擦ってむくりと起き上がるとテレビが見えた。自分がいるところを確認すると、ソファーの上だった。横にあるテーブルには、自主勉強用の課題(八代作成)が仕上げて置いてある。どうやらダイニングで寝てしまったらしい。小窓から見える外は真っ暗だ。オレンジ色の明かりがキッチンからもれてきて優しく照らす。トントンと、まな板の上で食材を切る音が耳に心地いい。

・・・小さい頃、お母さんが帰って来るまで待ちきれず寝てしまったのよくあったなぁ。それで、襖からもれた光と料理を作っている音が、お母さんが帰ってきた合図で僕は嬉しくなって・・・襖を開いた音でお母さんが振り返ってーーー

『悟、起きたべ?食器の準備しといてくれる?』
「悟、夕飯の準備がするから。そこ片付けて置いてくれ」

ーーーキッチンから、母さんの落ち着いた柔らかな声とは違う、低く落ち着いた男の声が耳に届く。

ああ、ここは俺の家≠カゃなかった。

「ん」

勉強道具を片付けるとダイニングの明かりをつけた。ぱっと眩しくて目を閉じた。
しばらくしてゆっくり目を開けると、寝ぼけて見えていた光景とは違う、ここ一年で見慣れた部屋が映った。

(・・・まあ、そうだよな。夢でもなければ、リバイバルするわけないか)

寝ぼけていたとはいえなんだか恥ずかしくなった。

子供の体に引っ張られるのだろうか、慣れたとは言ったが無意識に、精神的に疲れていたのだろうか。なんか、あれだな。中身が充分歳をとっているの自覚してるから、いまさらホームシックになってるような自分の心境に悶える。



「さと、る・・・両手で顔を隠してなにつったているんだ?目にゴミでも入ったのか」

指の隙間から覗いてそこにいたのは、もちろん母さんではなく、エプロンをつけた八代だった。大きな両手には二人分の夕食が乗った皿を持っている・・・ものすごく、様になっていた。外面から見たら本性があんなんだとは誰も気づかない。

ずっとこいつに振り回されていると思うと、腹の底から急激に怒りがわいてきた。


「うるせーよ!目にゴミが入っただけだ!ちくしょう、なんでそんなにエプロン似合うんだよ!」
「何に怒っているかわからないが、そこでいきなりエプロン?」


「・・・片付けてくる」

声に出してしまったことによって幾分か冷静になった。今日は考えるのはもうやめよう。
急に冷めて、俺はその場から離れた。八代は放置した。


結局あの夢はなんだったんだろう。




一人となった彼は食卓に皿を置き食事の準備を続けた。

「・・・思春期か?高学年ともなると・・・だいたいの深層心理は把握しているが、まだまだ難解か」

楽しそうな声音で独り言を呟いていた。


16/4/17

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