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彼はXデーとは気づかない(T)
「今日は早く帰ってくるよ」
「は?なんで?」
玄関で靴を履く八代は、これから出勤する。その後姿を見て、仕事に行く父の背中とはこんなものなのだろうか、と無意識に思い浮かんで額を壁に打ちつけたくなった。
思考がどんどん悪い方向に流されていっているようだ。
「なんでって・・・今日は悟の誕生日じゃないか」
三月二日
そう言って、八代を見送ってから日付を確認した。ちなみに見送りは奴の要求だ。仕方なく見送ってるだけだ嫌がらせしてくるから。それより、あいつ、こんな現状で何を呑気な。余裕がありすぎるんじゃないか!?ふざけてんだろ!もうこのまま逃げてやろうか。
仕事が終わるのに半日以上はかかる。子供の足でも整備されて車を通る道を見つけて、つたって行けば通りすぎる車と出会う、はずだ。あとは実行するだけ。これは何度も考えたことだった。
同時に感情的に行動してはいけない。何度も何度も自分をごまかした言葉。
テレビで外の情報を把握する、枷と鎖が外れる、と部屋の中だけだけど徐々に自由になっていくことに。(たぶん)大人しく従っている俺を、八代が少しは信頼して油断しているじゃないか、という淡い考えをうち消す・・・玄関も細工されているから思惑通りにはいかない。そこなんだよな。
今日のことを考えるのに切り替えよう。
数ヶ月単位なら把握していたはずの、言われるまで忘れていたーーーリバイバルしてから二回目となる誕生日。
「祝うつもり、だよなぁ」
早く帰ってくる
あの言いようから、俺の誕生日を祝うつもりなのは明白。自分を監禁している奴から祝われるなんて変な話だ。そもそも誕生日を忘れていたのはこの環境のせいだというのに。
朝から脱力する気分だ。喜ぶべきなんだろうか・・・祝う気持ちはあるんだし。
正直、複雑。
思わぬ事態に謎の疲労感を抱いた。夕方どうすんだ。
大量に買い込んだらしい食料に、いつかの母さんの姿を思いだす。
三十路に近い男がこんなに買い込んで不審に思われないのか。四袋とか多すぎ。車にもまだあると言うし、なんかはりきってるのが不気味。明らかに子供用のお菓子もある・・・いや、日頃から飴を大量に貯蓄している野郎だ。どこで買い物してるかわからないが、常連にはならないよう場所を変えていそうである。
それでも、女性受けのいい容姿だしな、目をつけられる場合が多いよな。でも、男のこういう一面もグッとくるとか確か言っていた・・・虚しくなってきたぞ。やっぱり顔なのか。
不審に思われてバレろ。
「・・・悟、声に出てるぞ?」
「先生、その袋冷蔵庫に入れればいいの?」
遥か頭上から半目で見降ろしてくる存在に、持っていた袋を分捕るとキッチンへ逃げた。
冷や汗をかく。どこまで声が出ていた。
ヤバイ相手へぼろくそに言っている俺も余裕ぶっこいてるように見えるんだろうか。どっちもどっちとか言われたくない。
悩んでばかり駄目だ。
強く前向きにしたたかに生きろ、俺。
16/4/18
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