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怪しい授業は断る



「ーーーーで、ーーーここからは〜」

(俺はなぜ普通に授業を受けているんだろうか)

ダイニングの場所を少し開けて食卓を勉強机代わりにし、目の前にはホワイトボードに書き込み教科書を片手に持った八代先生≠フ姿があった。ポイントを押さえた算数の授業を受けて、つくづくこの人の教え方うまいよなぁと思ってしまう。観察眼の鋭さから、個々に子供の理解力にあった授業がわかりやすいと評判だったな、と思いだしたからだ。

十歳、今は十一歳か。

それ以降のリバイバル前の十八年分の経験があるため、中学校から大学の勉強はそれとなく習った記憶があり、勉強に関してはなんとでもなる。たけど、その事実知っているのは自分自身だけで・・・八代を含めて知る者はいない。このまま学校も行けず監禁され続けば、客観的に見て社会を知らない何もできない子供のままだろう。それは、嫌だ。

犯罪者といえど八代から教えてもらっている事実は必要かもしれない。誰にも教わらずにできるというのは、他からは不思議だという印象ですまないだろう。なら、天才かというのも違う。人は思ったより自分と違う異端≠ノ敏感だ。

(それを、八代は巧妙に隠していたのだから。人間とは本当に恐ろしい)

奴が何を考えて、俺に勉強を教えているのかわからないが、授業は素直に受けておこう。今後の為に。それに、嫌がってなんかオシオキとかふざけたこと言ってされたりしたらたまったもんじゃない。尻を揉みしだかれたからな。セクハラて・・・こんなに神経削りとられるんだな。できれば知りたくなかった。




通りのいい声で説明していく姿は、以前と変わらなくて懐かしくなる。懐かしいというより、恋しい、か。

今≠フ俺にあったやり方で教えてくれるのだが、本性を知ってからは、その観察眼が子供を殺すために培われていたのかーーーと考えてやめた。身を持って知ってしまった以上、その考えは想像でもない。

車内で明かされた、あの衝撃が一生忘れられない。

「・・・さと・・・悟!聞いてるのか?」
「うわっ、先生聞いてるよ!」

集中して聞いていないのがバレたのか、八代に咎められ。反射的に返事をしてしまった。

「・・・」

途端に無言になる八代は、一瞬だけ懐かしむような表情をして、すぐに作った顔へと戻った。

「授業中に考え事か?」
「一人だけじゃん」
「特等席じゃないか。さて、授業の続きを始めるぞ」

なんだか素直に謝る気にはなれず、つい反抗的な態度をとってしまう。八代は気にしていないのかあっさり返された。いつもなら、何かにつけてセクハラしてきたり発言してきたりと、まともな日なんてなかったというのに驚きだ。あの行動は精神的に多大な影響を及ぼす。俺にとって死活問題だ。今日はどうしたんだ?・・・疑問に思うことではない。これが普通だよな、普通の反応だ。動揺見せたら駄目だ気をしっかりしろ、と心中で何度目かの自分自身への励ましをした。


「・・・それとも、寝室でねっとりとした授ぎょ」
「言わせねーよ!!エロ親父みたいな発言やめろよ!」


やっぱり、タイミングを考えて言ってきやがるなこの野郎!
にやにやすんな!







ある日、変化が訪れた。
連絡がとれないように、置かれていた固定式の受話器が部屋から出ていた。当然、テレビの時にのように困惑した。

何度か八代が仕事に行っている間、俺が危険な目にあってもリスクを承知で連絡を取ろうと迷ったことがあったが・・・あのシートベルトのように細工を仕掛けられている可能性がある。バレて連絡をとった相手ーーー母さんたちに何かするんじゃないかと思うと、連絡も脱出することも行動を移すのに渋ってしまっていた。
この前、夢でリバイバルする前の母の亡骸を見てしまって心が凍りついていくような錯覚に陥っていた。リバイバルした経験は俺を冷静にさせてくれてはいるけど、逆に最悪の未来を知っているので嫌な想像ばかりしてしまうのが困りもの。完全に安心できないこの能力に、まさにプラマイ0だなと思ったりする・・・せめてここがどの位置にある場所かわかればいいのに、窓の外から見えるのは廃屋らしき民家か、山か木しかない。周りに人が住んでる気配がなかった。
ほんとどこだよ、ここ。


電話機の姿が現れてから俺の行動をつぶさに見ている八代が、また試しているように感じて様子見することにした。あの時折見せる、観察しているような何も思ってないような瞳や表情が、気分が悪いというか苦手意識がある。だからといって、車の中で見た凶悪顔もあまりにお目にかかりたくはない。


ーーーそれから数日して、ずっと繋がれていた枷と鎖が外された。


様々な姿を見せる八代学。
先生、俺にはあんたがわからないよ。


日々は少しづつ変化していく。根本的な問題は、いまだ解決していない。


16/4/16

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