それは遥か昔の夢
夢を、見ていた。
最近のではなく…それはとても昔で…とても懐かしい様な…。
そう、思えてしまう夢であった。
小さい俺が、川らしき場所で釣りをしている場面が目に入る。
このふわふわとした違和感を直ぐに「夢」だと分かったのは簡単な事だ。
小さい俺の視点ではない。
それは夢ならばおかしくはない事だ。
誰しも第三者視点から自分自身を見るのは珍しくはない。
周りを見渡せば、雲のような白い靄が覆っていた。
成る程、周りの景色は見せない夢か。
「わー!釣れた釣れたー」
ふと声が聞こえ、空都は靄が覆っていない川の方へ視線を向ける。
大きな魚を釣ったのか、とても嬉しそうにはしゃいでいる小さい子供。
よく見れば、今とは随分外見が違う幼い自分だ。
髪は…長髪だったのだろうか?
後ろで一つに結っているのに気付き、昔はそんなに伸ばしていたのかと思い、苦笑した。
まぁ、子供の頃と今で違うなんてよくある事か。
「大きいの釣れたよ 様ー!」
……?
何だ、聞き取れない。
空都は幼い自分が言っていた言葉のある所だけ耳に入らなかった。
幼い自分を見れば釣った魚を両手に持ち、後ろを向いて笑っている。
すると、先程までいなかった人影が幼い自分の前に現れた。
人影はやがて人らしい外見に変わる。
大人…ではなく幼い自分よりも少し背の高い少年であった。
だが、肝心の顔が見えない。
「 様、今日は大きな魚釣ったよ!ほら!」
…まただ。
やはり、聞こえない。
相手の名前であろう言葉を、空都は聞き取れずにいた。
名前が聞けないとは一体どういう事だろうか。
理由は分からないが、夢がそうさせているに違いないのは確かだ。
夢はいつだって自由であり、不自由でもある。
この夢は、ある所のみの不自由な夢を見せられている。
自分の夢であるのに、何と可笑しな事だろうか…。
「そんな魚、わたしなら何匹も釣れる。その程度でじまんをするな空都」
相手の声は聞こえるらしい。
だが聞いていれば、幼い自分が「様」と付けて呼んでいるのに少年は
素っ気ない返事ばかりしか返ってこないではないか。
この少年と幼い自分は仲は良くないのだろうか?
そんな疑問とは裏腹に幼い自分は少年相手に明るく笑うだけである。
褒められなくとも、その少年と話をしている間はただ笑っているのだ。
これを見ていると、仲は悪くはないのかもしれない。多分だが。
「今日はいっしょに食べようね 様!やくそくだよ!」
「まあ食べなければ魚が可哀想だ。しかたない、今日は空都に付き合おうか」
「やったー、 様とごはんだ!」
少年と一緒なのが余程嬉しいらしい。
空都でさえ義経とはこの様に喜ぶ事は無かったというのに、この幼い自分はこんなにも喜ぶなんて…。
…義経?
そこで空都は気付いた。
幼い自分と一緒にいる少年は義経ではない事に。
だが、全く知らない感じではない様に思えた。
義経よりも前に知り合っている様な…そんな感じである。
空都は誰だか思い出そうとするが、知っている人の中にはいなかった。
「あ、 様も魚を…?」
「何だ、悪いか?わたしだって今日も釣っていたぞ」
「わあ… 様凄い!」
「どうって事はない」
二人の会話を聞いていると、懐かしい気持ちが空都を包んでいた。
記憶にはないのに、何故…。
だが、これは夢だ。
少年の顔は分からない。
かといってこの夢が見せる物は嘘か真か分からない。
「 様っ!」
でも幼い自分の笑みを見ていると不思議と暖かく、懐かしい気持ちになれる。
これは夢なのに。
…いや。
夢であるからこそなのかもしれない。
こんな気持ちに、包まれるのは。
いつの夢か分からないが、多分これは昔の夢だろうか。
そう、遥か昔と錯覚してしまうような…そんな夢を、空都は見ていた。