猫の苦難
とてもマズイ事になってしまった。
ひょんな事から猫に変わってしまった俺は、義経に助けを求めようとしたんだけど…。
運の悪い事に、酒呑童子という鬼に捕まってしまった。
猫なんかほっとけばいいものを、太公望が余計な事を言ったものだから俺は鬼と共に過ごす事が強制的に決まった。
今の気分は最悪としか言えない。
「……ニ゛」
そして更に最悪な事が目の前で起きている。
「…何だ、食わないのか?」
「……」
目の前にある餌とそれを睨んだまま動かない空都。
酒呑童子は分からないだろうが、人間の空都にとっては手を使わずに食べる事などまず無理だろう。
何より、人間としての意地がある。
「ニ゛……」
これが猫の飯か…。
空都の目の前にある餌をジッと睨む。
怪我という事を聞いたせいか、普通の餌とは違った。
葉の上に、大きめの生魚が一つ置いてあるのだ。刺身にすれば空都は食べられるが、何も調理されていない物を食べる事など中々出来ない。
たとえ猫であれ、中身は人間だ。
腹を壊す可能性を考えると生魚を食べる事は難しかった。
「…」
せめて焼魚にすれば何とかな…。
そう思うが、猫では言葉で伝える事は出来ない。
暫くして空都は前足を使って生魚を叩いてみる。
「ニャ……」
あー、焼魚にしてくれねーかなぁ…。
そんな事を思いながら叩き続ければ、今まで様子を見ていた酒呑童子が魚を取り上げたではないか。
「ニャッ?!」
何だっ?!
空都が驚いていると大きめな生魚の代わりに、小魚が置かれたのだ。
「これなら食べれるだろう」
それを聞いた空都は思わず叫んでいた。
「ニャーッ!!!」
ちっがーう!小魚にすれば良いって事じゃねぇーっ!!!
だが所詮は猫。
空都の言葉は酒呑童子に届く訳がない。
「……?」
酒呑童子は突然鳴いた空都を見て、首を傾げていたのだった。
「ニー……」
猫なら生魚っていう考えがおかしいんだよ…。
せめて調理した物か、焼魚にしてくれれば食べられるというのに。
空都はそう思っているものの、目の前の小魚が焼かれる事はまず無いだろう。
「……」
酒呑童子を見れば空都が小魚を食べるまで待っているのか、じっと見ている。
「……」
無言で、見ている。
「ニ…ッ」
くっそ…っ。
その視線に耐えきれず、空都はついに小魚を食べる事に決めた。
何より、腹が空いてしまっていては人間の意地など関係なくなっていたのだ。
さようなら、人間の俺。
今から猫になるのを許してくれ。
食べる前に目を閉じて人間の意地にさよならを告げる。
それが終わった後、目にも止まらぬ速さで小魚を食べていたのは言うまでもないだろう。
人間、腹が減っては戦は出来ぬ。
まさしくその言葉通りである。
「……まだ魚はあるぞ」
酒呑童子はそんな空都を見ながら、獲ってきた小魚を葉の上に置く。
「ニャッ」
飯だ飯だっ!
空都は何かに取りつかれたかの様に、小魚を食べ続けていたのだった。