好奇心は程々に
「あれ、これって……」
そう言って空都が見付けたのは、岩影に無造作に置かれていた大きな瓢箪だ。気分転換に川辺に来てみたら珍しい物を発見するだなんて、なんと運の良いことか。
「……多分、鬼のだよな」
大きな瓢箪の持ち主は言わずとも分かっていた空都は、当の本人がいない事に疑問に思いつつも、ちょっとばかり好奇心がわいて、瓢箪に近寄ってみることにする。
周りを見て人がいない事を確認すると、蓋を外して中を覗く。
「あれ、酒の匂いが……しない?」
空都は普段の酒呑童子が瓢箪の中の物を呑んで酔っ払う姿を見ていた為、瓢箪の中身は知っていた。見てはないものの、酔っ払うのは酒だという証拠なのだ。
だが意外にも酒特有の匂いがしない。
「…酒、じゃなかったりして」
匂いが酒ではないなら呑んでみても大丈夫だろう。
そう思った空都は、瓢箪の中の物を呑んでみる事にした。
勿論中の物を注ぐ器が無い為、空都は己の手のひらを使うしかない。
瓢箪をゆっくり傾け、手のひらに少量の液体を注ぐ。
呑む前に手のひらに注がれた液体の見た目をよく見れば、無色透明な物なのが分かった。他の種類としてはにごり酒というのもあるが、どうやら鬼のはその類いではないらしい。
そもそも酒ではないのだから関係はないのだろう。
「うーん。……酒も透明だけど、これは違うよな…?匂いしねぇし」
こんなので酔っ払っている酒呑童子は一体なんだ?
とは思ったものの、空都の好奇心は止まることを知らない。
物は試しだ、という事で手のひらに注がれた物を一気に飲み干した。
「おい……!?」
と、同時に背後から声が聞こえた。
「……あ?」
空都が後ろを振り向けば慌てた様子の酒呑童子が。
「まさか、呑んだのか……?」
「へ…っ?な、何が……」
ぐにゃり。
空都の視界が一気に歪む。
「あ…、れ……?」
突然の事に訳が分からなくなっていた。
顔も心なしか熱くなり、空都の視界に入っていた酒呑童子が二人から三人に見えている。
どうしてなのか、頭で考えようとするが思考が上手く回らない。
段々と空都の意識がぼんやりと薄れていく。
「……お、に…」
酒呑童子が近付いて来るのを最後に、空都の意識は深い眠りに落ちた。
「おい……っ!」
崩れ落ちる空都の体を、酒呑童子は何とか地面に触れる前に抱き留めた。
腕の中で眠る空都に酒呑童子はやれやれといった感じで瓢箪を見る。
「通常の酒とは桁が違うのを、言っておくべきだったか……」
後の祭り、というべきか。
酒呑童子はため息を吐きながら再び空都を見た。
「…あ…はは、は……」
夢でも見ているのだろうか。
時たま寝言を言いながらへにゃりと笑っている。
「……全く、人間は恐ろしいものだ」
鬼の酒を好奇心に駆られ呑むのだから、ある意味恐ろしい。
それに普段の空都からはあまり見れないだろうあどけない寝顔に、酒呑童子は又ため息を吐いた。
「仕方ない……」
このまま放っておくのは可哀想だと思った酒呑童子はその場に腰を下ろし、空都を肩に寄りかからせる。
まだ日差しが降り注いでいる時間だったが、空都が起きるまで酒呑童子も目を閉じ一眠りする事にした。
空都が起きたら、改めて注意をすれば良い。
そう思った酒呑童子は空都の寝息を側で聞きながら、眠りに落ちたのだった。