義経の旧友と武将の話 | ナノ

探し物はこちら?

「ない……!」


今朝。
空都は異界に来てからは珍しく鍛練をしようと思い立ち、愛用の刀を探していたのだが何処にも見当たらず焦っていた。


「何でないんだ?昨日はこの棚の上に置いた筈なのに……」


空都がいる場所はいつもの様な陣営にあるテントではなく、義経達が仮に寝泊まりしている屋敷の一部屋に住まわせてもらっている。
ちょっとした休みを貰ったと言えば良いのだろうか。

久々に暖かい寝床で寝れて、すっかり気が緩んでしまったせいかもしれない。部屋内をいくら探しても見当たらない事に酷く焦る。
その事により周りが見えなくなった空都は部屋から勢いよく飛び出したと同時に、廊下にいた者とぶつかってしまった。


「うわっ……」

「うぉうっ!?」


派手にぶつかってしまったので、空都は相手に覆い被さる様な形で倒れてしまう羽目になった。


「ご、ごめん!頭とか打ってないか?!」


俺は体勢よりも、まずはぶつかってしまった相手の安否を確認する。
勢いよく倒れたからもしかしたら頭を…。

なんて思ったが、相手から平気ですと返ってきた返事にホッとした。


「あー…、何ともなくてホント良かった……」


空都が安心していると、申し訳なさそうな声が上から聞こえてきた。


「あの、このままでは立てないのですが……」

「……あ」


そう言われて空都は今の体勢を改めて見る。


「……えっと」


これは気付かない方がマシだったかもしれない。

空都は青年に抱き着いたまま倒れている体勢だったのだ。
慌てて青年の上から退いて、また謝る。


「ほ、本当にごめん!俺がお前さえぶつからなければこんな事には……!というか抱き着いてすいません!」


青年に抱き着いた事に恥ずかしくなった俺は、その場で土下座をする。
何だか土下座しないと後が怖いと思ったからだ。こういう時は先に謝るのが無難だ。

だけど俺の予想とは裏腹に、青年からは優しい声で返される。


「いえ!私の方こそ気を付けてなくてすみません。な、なので顔を上げて下さい……!」


何て優しいんだろうかこの人は。
俺の方が悪い筈なのに、自分も悪いだなんて普通は言わないのに。…というか言われたことないな。

そんな青年の優しさに、少し気が落ち着いた空都は顔をゆっくり上げる。
まず、先に視界に入ったのは赤い色が印象的な鎧だ。更に視線を上に向ければこれまた赤い鉢巻きが目に入る。
この青年を言葉で表すならば、正に赤一点といった感じだ。

じっと見ていると、俺はとある物に視線が止まる。
青年が抱えている物に見覚えがあった。


「あれ、それって…」


空都が言うよりも先に青年はその事に気付き、抱えていた物を空都へ差し出す。
丁寧に布に包まれたそれを受け取れば、見覚えのある柄に驚く。


「これ、俺の刀……っ!」


慌てて俺は立ち上がる。

まさかあんなに探した刀がこんな呆気なく見付かるとは。
俺が大切に刀をギュッと抱き締めれば、それを見ていた青年が良かったですと笑いかけた。


「鍔がない刀をお持ちしているのは多分貴方しかいない、と聞いたので……。もしやと思って…、急いで持ってきて正解でした」

「…や、優しい奴なんだなお前は……!」


これが良い人っていう事か。
義経とはまた違った優しさで、嬉しすぎて涙出るぞ。
あれ、そう言えばこの良い人とは初対面だった気がする。


「あ、そう言えば名前…言ってなかったよな!俺は空都って言うんだ。お前は?」

「貴方が噂に聞く空都殿でしたか……!私の名は真田幸村と申します」

「幸村か!刀、本当にありがとう!」


少しばかり青年の優しさに感動していたが、ふと疑問が頭を過った。何故幸村が俺の刀を持っていたのか、という事だ。

その事を言えば幸村は困った様な顔をして。


「それが…私にも分からないのです。今朝、起きたら自室に既にあったもので……」


と言った。

成る程、これは誰かのイタズラか何かだな。
すぐに理解したがそれを"誰が"やったのかまでは分からない。


「そっか……。でもまぁ無事に手元に戻って来たし、別にいいか!」

「えっ、空都殿は良いのですか?また同じ事が起きる可能性はないとは言い切れないのでは……」


どうやら幸村は犯人を捜したいらしいみたいだ。
何処と無く義経に似ているな、と俺は思って笑う。


「あはは、幸村って真面目だなー!いーんだよ、俺は刀が無事ならそれでさ」

「……分かりました。空都殿がそう言うなら」


幸村が納得したのを見ながら俺は今朝、珍しくやろうとしていた事を思い出す。


「そうだ、刀も戻って来た事だし一緒に鍛練しに行かないか、幸村?」

「鍛練……ですか?」


幸村は空都の言葉を聞いて何度か瞬きをし、首を少し傾ける。


「ですが、朝餉はまだなのでは?鍛練している間に倒れたりでもしたら……」

「朝餉って……お前本当に人の心配ばかりするんだな!」


本当に幸村は優しい奴だ、と俺は思った。

朝餉の心配とか友人なら未しも、誰がするのだろうか。
義経なら大丈夫か?程度なのに幸村ときたらその上を行ったものだから、自然に笑いが込み上げてしまう。


「あの、私が何か面白い事を……?」

「はは、違う違う!義経より色々優しいんだなーと思ったらつい……」

「……はあ」


幸村は訳が分からない表情をしていたけど、まあいいか。
今の気分は朝餉よりも鍛練したいんだ。


「兎に角!久々に鍛練するし幸村も一緒にやらないか?」


急かすように腕を引っ張れば、幸村は仕方ないと言うような感じで良いですよ、と返事をした。


「…そう言えば空都殿は見掛けによらず強いとお聞きしました。もし良かったら、少しばかり手合わせをしてもらっても宜しいでしょうか?」

「いやぁ…別に、俺だけが強いとかそんなんじゃないんだけどな……。まぁ良いか!幸村だから特別だ!」


幸村は鍛練に付き合う代わりに手合わせを申し出てきたものだから、
断る訳にはいかないのがスジってものだろう。

それに、幸村となら楽しく出来そうだしな。


「よし、そうと決まったら急ぐぞ!終わったら朝餉だ!」


空都は幸村の腕を掴み、急ぎ足で鍛錬する場所に向かって行ったのだった。



後に鍛練の場に訪れた者からの話なのだが、幾つかの木刀が真っ二つに折られていて隅の方へ1つに纏められていたのだとか、ないとか…。

何れにせよ、その折れた木刀から手合わせが如何に凄まじかったかは、知る人しか知らない。


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