君がいない
あの時の事など、忘れる筈がない。
「……そ、そうだ…!空都は……空都は何処にっ?!」
「そんな事も知らぬのか貴様!」
その者は義経から聞いた言葉に、怒鳴り半分呆れ半分と言った感じで襟元を掴んでいる手を荒く放す。
そして簡潔にだが、己が寝ていたであろう2日の間に起こった事を話してくれた。
1つはあれから己が気を失った後、仲間が駆け付けてくれたらしい。
その場には無数の死体と血の海、それから倒れていた己しかいなかったという。
友の姿は…捜しても無かったらしい。
2つは気を失った己が陣営に運ばれて、それから1日が経った時の事。
陣営近くに妖魔の軍が現れたとの事で、何人か討伐に向かったらしい。だが、その内数人がとある者の姿を見たと言う。
妖魔に混ざって戦場を駆けていた、青色の髪の者を…。
そこまで聞いた己は信じられない気持ちで一杯だった。そんな馬鹿な事がある筈がない。
きっと見間違えか何かだろう、そんな事を思ったのだが黒い甲冑に身を包んだ者から出た言葉に、目を見開いて驚く事しかなかった。
「俺も見たのだ、ハッキリとこの2つの目でな……!これで分かったか、小僧」
「……嘘だ」
嘘だと思いたかった。だが、その者の表情を見ればとても嘘をつくような表情はしていない。
彼も、己と同じ様に信じられなかったのだろうか。
戦場に出て、消えていた仲間の姿が何故か敵の方にいて…。
そこでふと思った。
この者は…。
いや、呂布は空都を救おうと考えているのではないかと。
先程からの様子を見て薄々感じた事だ。
「……頼む、呂布。俺を…その戦場に連れていってくれぬだろうか……!」
出来る事ならば己もその姿を見たかった。
本当に友なのか、どうして妖魔達の側にいるのか、知りたかった。
幸いにもまだ、その戦場は片付いていないらしく妖魔共が陣取っているらしい。
ならばまだ…。
義経の思いが伝わったのか、呂布は何処から持ってきたのか武器を義経に投げて渡す。
義経がまだ痛む腹を庇いながら受けとれば、呂布は既に部屋から出た後で。
「とっとと準備を済ませろ、小僧」
部屋の外から聞こえる声に、呂布が連れていってくれるのだと即座に理解した。
「……すまぬ!」
武器を用意してくれたのは、呂布も己と同じ気持ちだったんだろう。
友を、確かめる為に。仲間の意思を問う為に。
義経は武器を手に持ち、痛みに悲鳴を上げる体を無理に鞭を打ち支度を始めた。
──────────
「ここだ」
辺りが暗闇に染まった時間帯に、呂布に連れられて来た場所。
「また、……血の海か」
あの時と同じ様な光景が目の前に広がっていた。
己の脳裏に、豹変した友の姿が過る。
「ふん、これだけ暴れた後ならば捜すのも容易いな」
呂布がそう言って背負っていた方天戟を構えた。
己もそれを見て武器である小手を構え、辺りを警戒する。
「……」
辺りに不気味な程の静けさが漂う。
義経と呂布はそんな静けさの中、地に転がっている死体の間を進みながらたった一人の青年を捜した。
呂布の後に続き奥に進むが、辺りは段々と妖魔共の障気が立ち込めて来る。
少し敵陣の方へ進み過ぎたかと思った時、視界の端に過る影を捉えた…と、思うよりも早く何者かが呂布に奇襲をしてきた。
呂布はそれを体の反射で何とか反応し、方天戟を盾にして防ぐ。
それを側で見ていた己は、その者の想像出来ないような奇襲の仕方に驚く。
物陰から素早く飛び出て、人間業とは思えない様な早さで剣を振り下ろしたからだ。
まるで、獲物を狙う獣の様だと思った。
そして月明かりに照らされ露になった姿を見た己は、再び驚く。
「……っ、空都…!?」
忘れもしない青色の髪。
己と似たような肩当て。それだけで十分に分かった。
「……ふんッ!」
義経が空都の姿に驚いたと同時に、呂布は攻撃を防いでいた方天戟を一気に凪ぎ払う。
空都は凪ぎ払われる前に後方に素早く避けた。
「随分と様変わりした様だな空都!……下らんな、妖魔共の仲間にでもなったつもりか!」
呂布が空都に言葉を投げ掛ける。
だが空都は、刀をぶら下げたまま呂布を見つめるばかりで返事はない。
目を見れば、あの時と変わらず虚ろで生気を感じられなかった。
「空都……!」
義経も声をかけるが、やはり無反応である。あの時と違うのは何も話さない所だろうか。
僅かだが、その変化を何だかおかしいと己は感じた。
「いいだろう……口がきけぬならば、きかす様にするまでだ!」
呂布は無反応の空都へ一気に距離を詰めて方天戟を振り下ろす。
それまで動きがなかった空都だったが、方天戟が振り下ろされると同時にぶら下げていた刀を使い弾き返した。
「そんなものでは俺を負かすことなど出来ぬ!」
再び呂布は方天戟を使い空都に向かって攻撃を繰り出す。
呂布の一振りごとの攻撃が大きい為、空都は刀で防ぐ事しか出来ずにいた。
火花が散るほど、刃と刃が激しくぶつかり合う音が辺りに響き渡る。
それの殆どが呂布からの攻撃で、空都は只ひたすら刀で弾き返したり受け止める事しか出来ずにいる。
義経はその光景を手を出さずに見守っていると、勝敗が近付いている事に気が付いた。どうやら、呂布が優勢の様らしい。
段々と押されていき空都の表情が疲れていく様子が見ていて分かった。
「……」
やはり、何かがおかしい。豹変した友の強さは己が一番よく知っている。
こんなに"弱くなかった筈"だ。
「…呂布!先程から空都の様子が…、……!」
呂布にその異変を伝えようと口に出した時、一瞬空都の視線が此方に向けていた様に思え言葉を止める。
「……っ」
ほんの一瞬だが、その視線を感じた己が目を向ければ僅かに友の目に光が入っていたのが見えた。
まさか、友は…。
義経が空都の異変に気付いたのと同時に、勝負がついたらしい。
空都の持っている刀が宙を舞い、そのまま地面へ落ちた。
それを見た呂布は空都、と仲間の名を呼ぶ。
「ふん。貴様の負けだ」
呂布は静かに言い放つ。
何かしら反応があると思ったが、空都は表情を変えず何も言わないまま立ち尽くしていた。
「貴様のいる場所は何処だ?……そこにいる、友の顔さえ忘れたという戯言など言わせぬぞ!」
呂布は空都が無反応にも関わらず声をかける。
何も言えずにいる己に代わって、言ってくれている様にさえ感じた。
「………と…も」
それまで、何も反応が無かった空都からぽつりと小さくだが言葉が出た。
その事に呂布と義経は驚く。
空都は確かに小さぐ友"と言ったのだ。
「俺が分かるか、……空都!」
今しかない。
自我が戻りつつある今しか、声は届かない。
確信はなかったが、そうしなければいけないと思い必死に友に呼び掛けた。
「空都、俺や呂布を忘れた訳ではないだろう!仲間ではないか!友ではないか……!」
「……とも…」
段々と目に光が戻りつつあるのを見て、義経は必死に訴えかける。
「空都!」
呂布も力強く仲間の名を呼ぶ。
「………お…、れは…」
空都は小さく呟きながら頭に片手を当てる。
まるで、思い出すかの様に。
「……う…、…ちが…う……!………違うッ!」
だが突然悲鳴にも近い声を上げたかと思えば、呂布と義経を見ずにその場から逃げるように走り出してしまった。
「空都……っ!」
逃げ出した際に友のとても辛そうな表情を見た己は、無意識の内に体が動いていて友の後を追うように走り出していた。
「小僧待てっ!その先は……!」
背後で呂布が叫ぶが、既に走り出した体を止めることは出来る訳がなく。
只ひたすら友の背中を追って、障気が立ち込める暗闇の奥へと己は入り込んで行った。
「……くそ…っ!」
必死に空都の後を追っていたのだったが、距離が縮む事なく逆に離れてしまっていた。そのせいで姿を見失ってしまう。
出来ればまだ先に進みたかったのだが、姿を見失ったと同時に辺りに漂う障気が濃くなっているのに気付き、進むことを止める。
これ以上先に進んでも意味がない事くらい、頭で理解していたからだ。
「く……っ!」
あと、もう少しだったのに。もう少しで空都は…。
「いや、こればかりは俺のせいなのだ……誰のせいでも、ない!」
友さえ取り戻せないでいる己が情けなかった。
行き場の無い怒りを鎮める為に、グッと拳を握り締める。
あれが、最後だったのだ。薄々とだが、感じてはいた事。
友の中で揺れる物に己の声は届くことはなかったのだから。
最後に見たのが、辛そうな顔だった事が己の脳裏に焼き付いて離れない。
もう、友の姿を見ることさえ無いのだろうか……?
その事に対しての答えなど、誰も答えてはくれない。
ただ周りにあるのは不気味な静けさと立ち込める障気のみ。
「空都……っ」
普段の義経からは想像出来ないような小さな声で友の名を呼びながら、膝から崩れ落ちた。
「俺は…、…俺は………っ!」
たった一人の友を、救うことさえ出来ない弱い人間だ。
なんて弱いものだろうか。
源氏武者の誇りよりも、大切なものを守れなかった……!
「うああああぁぁぁぁぁ!!!」
その場に、悲しい青年の叫び声がただ寂しく響いていた。
こんな情けない俺を、誰か、責めてくれ。