飲まれても尚
「こうなるとは、思いもよらなかったが…。……致し方有るまい」
太公望の声が重くのし掛かる。
だが相手はそんな事など気にしていないのか、持っている武器を下ろさずに太公望へ向けていた。
そして、背筋を凍らす様な不敵な笑みをしている。
最早アレは人間ではない。
「そう、お前はもう人の子ではない"異 質 な 存 在"だ。其処らにいる妖魔より、質が悪い……」
いずれ人の子に害を及ぼしかねない。ならば、私の手で早急に消してしまえば良い。
太公望は躊躇いもなく、目の前の相手を消すという手段を選んだ。
その相手が、かつての仲間であったとしても…。
「私の手によって死ねるのだ…。感謝すると良い、空都」
仲間であった者の名を口にし、太公望は倒しにかかった。
───────────
「…………」
勝敗は呆気なくついた。
太公望が仙術を使い、空都の動きを止めている間に鞭を胸へ一刺し。
それで空都は倒れた。
なんと可笑しな事だろうか。空都の周りに漂っていた雰囲気は、明らかにおぞましくて異質なモノ。それは遠呂智よりは下だが、太公望は確実に苦戦すると予想していた。
筈だったのだが…。
「……そう、か…。お前にはまだ、人の意志があったのか」
闇に飲まれても尚、消えない人の意思。それがあったから空都は大人しく、自ら"死"を選んだ。大切な仲間を手にかける前に。
…流石は…私が目につけた人の子、だな。
「全く…惜しい事をしたものだ。お前が死に、悲しむ者はいるというのに」
太公望はぽつりと呟きながら、空を見上げた。
空には曇が一つもなく、見事に満月の綺麗な夜である。その満月の月明かりが、二人を静かに照らしていた。
「……安心しろ、お前の魂は私が直々に仙界へ送ってやろう」
既に返事が無い空都の倒れた体を横目で見ながら、太公望は手を翳す。その手から淡い光が放たれ、倒れている空都を包んでいく。
体が見えなくなるまで光で包むと、太公望は翳した手を空へ勢いよく上げる。と、同時に光の塊はパッと消え空都の体も、その場から全て消えてしまっていた。
「…人の子の意志は、仙人である私には到底解き明かせそうにない。が…、空都。お前という存在を失ったのは些か…悲しいもの、だな」
だがこれも人の子らの為だ。未来の危機にも当たる存在は消さねばなるまい。それがどんな理由であったとしても、だ。
だから、許せ。
太公望は静かに目を閉じると、その場から去ってしまった。
去り際に見せた太公望の表情はとても悲しむような、そんな表情をしていたのは、空都を自ら殺めてしまった後悔から来ているのかは分からない。