戻れない



分かったんだ。
既に分かりきっていた、事なんだ。
俺はもう、戻れないんだという事を。

俺はこの手で、友だった人を刺したんだ。

本当はそんな事したくなかったのに、体が言うことを聞かない。俺の体なのに、聞いてくれなかった。


「空都……っ!」


俺の行動に、友が驚いて俺を見る。

違うんだ。止めろ、止めてくれ。

そう言いたいのに、口から違う言葉が出る。
友の事を"弱い"と言ったんだ。そんな言葉、俺の本心ではない。違う。
目の前で崩れ落ちた友を助けたいのに……!

なのに何故、離れる?
何故、死にそうな友を置き去りにする?
なんで、手を伸ばしている友を俺は助けない?


分からない。
分からない。
分からない。
分からない。
分からない。


俺は友を助けることをせずに、この体は一体何処に向かってるんだ……。



────────

どれぐらい歩いたのだろうか。
空都は暗闇の中をさ迷いながらある場所に辿り着いた。


「……」


……此処は何処だ。

虚ろな目で辺りを見渡せば、濃い霧に包まれている。
その霧の中から、一つの人影が近付いて来た。


「……」


俺は声も発せずにその人影を見ていると、覆っていた霧が一部のみ晴れて姿が露にされる。
だが、その姿を見ても俺は何の反応もすることはない。何も考えていないからだ。

そんな空都を目の前の者は興味深げに見て、言った。


「ほう…中々の狂気と見た。
卿は確か……源氏の所にいた小わっぱだったか…?」


その者が言っている事が空都には分からなかった。

源氏?狂気?
こいつは何を、言っている。

空都から反応がない事が分かるとその者はまあ良い、と呟く。


「狂気に乗っ取られたならば丁度良い。……我輩の戦力にしてやろうぞ」

「……」


何が可笑しいのか、その者は高らかに笑う。

何なんだ一体。

その理由が分からずに空都は只見ることしか出来ずにいた。
だがその直ぐ後に、その者が言った言葉を理解する事となる。
周りの霧が晴れたかと思えば、妖魔と人間が戦っている戦場に変わっていたのだ。
先程いた静けさは嘘だったかの様に、辺りは騒がしくなる。


「……」


それを呆然と眺めていれば、再び声がかかる。


「さぁ思う存分に戦えば良かろう。それが今の卿のやる事よ……ガッハッハッ!」

「たた、かう……」



再びその者は笑うが、空都はある言葉に気を取られていた。
"戦う"と言われた時、僅かに体が反応した。

戦え。
その言葉に本能が、最も欲しているかのように気分が高揚する。
ああ、そうだ。俺は死ぬほど戦いがすきだったじゃないか、と頭の中が戦いの事で埋め尽くされていく。


戦え。
戦え。
戦え。


獲物は、直ぐソコだ。


気が付いていたら、体が動き出していた。それはもう、ごく自然に。
周りにいる獲物を狩る為に、内に走る狂気に任せて人間や妖魔と関係なく空都は刀を振るった。
何も言葉を発する事はせずに、只目の前の獲物を斬っていくのみ。

殺戮衝動に埋め尽くされた思考では、もう俺自身を止められなくなっていた。


「はは……、ははは……っ」


斬った所から赤い色が増えていく。桶に入れた水をぶちまけるみたいに、一気に辺りが血で染まっていく。

ああ、何て楽しいのだろうか。
斬った時の悲鳴も心地いい。それに最高に気持ちがいい。


あれから空都は休む事なく、戦場で獲物を見付けては斬っていった。
敵味方関係なく、狂気に任せて斬り刻んで行く。
それが酷く楽しいのだろう。空都は虚ろな目で笑っていた。
だが獲物は無限にある物ではない。次第に数は減っていく。


「……」


足りない。
まだ、斬りたい。殺したい。もっと強い奴を斬りたい。
体が、強さを欲している。

空都の思考ば斬る"事しか入ってなく、次の場所へ獲物を求めて行く。
そして、空都は呂布と義経に会う。


「空都……!」


義経が名前を呼ぶが、空都の目は虚ろのままで反応は無かった。
代わりに、刀を構えて斬りかかる。
呂布と対峙した空都だったが、ふとこんな事を思った。
目の前の獲物は強い。
そして、懐かしい感じが空都を包む。


「……っ」


この強さを、俺は知っている……?

そんな風に感じた違和感を胸に残しながら空都は戦いを続けた。
お互いの武器をぶつけ合っている時に相手が何かを話すが、空都の耳には届かない。
ただ、相手に向かって刀を振るだけ。
そんな空都だったが、変化が訪れた。
攻防していたのが一転して、空都は防御に徹し始めたのだ。
単に疲れからなのかもしれないし、たまたまだったかもしれない。
だが、呂布の攻撃に押されて来たのは事実だ。


「……」


空都の目は未だに虚ろ。
それでも、僅かに光が入って来たことに義経は気付いたらしい。
義経が呂布に何かを言うが、そのタイミングで決着が付いた。手から刀が離れて宙を舞い、地面に落ちたのを音だけで聞く。
この時゙負けた"と空都は何処か他人事の様に思っていた。
そして呂布と対峙して、分かってきた事がある。

目の前の者は獲物ではなく、何か大事なものだったのではないか…と。

だが今の空都には、その事に対して答えてくれる者はいない。


「……」


再び呂布が何かを言うが、耳に入って来ない。
だけど、ある言葉だけ耳に届いた。

友、と。


「……と……も…」


……ともとは…何だ?
いや、俺は一体、何を言って…。

空都がそう思ったのと同時に、義経から言われた言葉に体がピクリと反応した。


「空都、俺や呂布を忘れた訳ではないだろう!仲間ではないか!友ではないか……!」


まただ。
義経の言ゔ友"に思考がぐるぐる回り始める。

とも、とも…友。
そうだ……俺は、その言葉を知っている。


「……とも…」


忘れる、訳がない。俺の、大事な。大事な仲間と、……友。
例えどんなに狂っても、それだけは忘れることなく覚えていた。

俺は、俺は…。


「………お…れは…」


俺は……友を、旧友の義経を…。

空都は少しだけ義経へ視線を向ける。
そこには記憶と同じ、友の変わらない姿が。
……いや、腹部には痛々しく包帯を巻いているのが目に入った。

そうだ俺は…。


─俺の手で友を殺した─

何処からともなく空都の脳に響き渡る声にハッとする。

俺が、殺した……?

─"俺"の手で刺したんだ─

頭の中で響き渡る声に俺は恐怖した。
まるで記憶を戻そうとする事を拒むかの様に。歪んだ声を面白おかしく響かせながら、俺がやったんだと言う。

違う、俺じゃない。


「……う…、…ッ!ちが……違…う…!!」


あれは俺じゃない、違うんだ!
友を手にかけたのは、俺じゃない……!

それでも脳に聞こえる声は止まない。クツクツと笑いながら俺を追い詰めていく。

─お前が殺した。紛れもなくお前が刺した。その手で刺したじゃないか─

これはもしかしたら俺への罰なのかもしれない。狂気に呑まれた、弱い俺への罰なんだと。
頭の中に響く声はもう一人の俺で、弱い俺を嘲笑っているんだ。だから義経を殺したと。そう、何度も何度も言ってくる。

……違う、違う、違う、違う……っ。
もう…もう、これ以上やめてくれ!


気付けば空都は走り出していた。義経と呂布がいる場所から、逃げるようにして。
だが何故か、義経だけは後を追いかけて来ていた。

背後から追ってくる音が耳に入る。


「……っ!」


俺なんかに構うな。
友であるお前を殺そうと、したんだぞ…!

空都は戻りかけていた意識の中、まだ追いかけて来る義経を撒くため、霧が濃い方へ無意識に逃げていた。
それでも、義経は諦めない。俺の名を呼んでいる。

空都、と。

だけどそれには答えられなかった。
俺はもう、戻れないんだ。既に分かっていた事なのに。
堕ちるところまで堕ちたこの俺に戻る場所なんか、ない。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。

俺は只、義経の隣に居たかっただけなのに。役に立ちたかったのに。
どこから間違ってしまったのか。もう、今となっては分からない。
気付いた時には、狂気が顔を出していたのだ。
止められる筈もなかった。


「ち…く、…しょ……ッ!」


気付かない内に頬を伝って流れ落ちた涙は、風に乗って消えた。



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