空都は屈みながらある物を見つめていた。 そのある物とは…。 「コン!」 真っ白な狐である。 「……」 それが只の狐なら空都は気にもとめなかったが、この白狐は違う。 これはあの陰陽師の肩にいる白狐なのだ。子狐で尻尾はふわふわしているのに加えて、思わず触りたくなる可愛らしい容姿をしていれば、誰だって見るだろう。 たとえそれが道端にぽつんといても、だ。 「…おい、あの陰陽師は一緒にいないのか?」 初めて出会った時もそうだったが、この白狐は晴明の肩にいつも乗っている。だが今はどうだろうか。 白狐は一匹だ。しかも道端にいる。 「はぐれた…訳ないよな…。待ってたりしてるのか?」 「コン」 白狐に言っても人の言葉など分かる筈ないが、空都は声をかけずにはいられなかった。 「…待ってれば来るのか?」 「コン!」 元気な鳴き声で返事をされても、空都は獣の言葉は理解出来ない。 「まあ俺は…只の通りすがりだから関係ないけど…」 辺りを見ればもうすぐ夕暮れだ。この白狐を何とかしたいが、肝心の晴明が何処にいるのか分からない。それに何か理由があって白狐を置いたんだろう。そう考えた空都は帰ろうとして立ち上がる。 すると足元から鳴き声が聞こえ下を見た。 「…?」 「コン」 白狐がうるうるとつぶらな目で空都を見上げているのが目に入る。まるで゙連れて行って"と訴えるように空都を見ていた。 「お、陰陽師は戻ってくるんだから、そこで待てば良いだろ?」 空都はじゃあな、と言いその場から去ろうとする。 「コン!」 「…おわっ?!」 するといきなり白狐が飛び上がったではないか。空都が突然の事に驚いて立ち止まった隙に、肩に乗ってしまっていた。 「お、おいお前っ!」 「コンッ」 白狐は空都の肩に乗れた事が嬉しいのか、頬を擦り寄せている。空都は訳が分からずにいればガサガサと、奥の茂みから誰かが出て来るのに気付く。 そして茂みから姿を現した者に空都は驚きの声をあげた。 「お…おお、陰陽師!?」 「おや、こんな所にいたとは…」 「……は?」 晴明の言っている事が理解できず首を傾げていれば、肩に乗っていた白狐が鳴いて、再び頬を擦り寄せる白狐。それを見ていた晴明はやれやれ、といった感じで近付いて来る。 「随分とその子に懐かれている様だ」 「…白狐に?」 「どういう訳か、私の肩から突然消えてしまってね。捜していたら貴方の元にいたとは…全く、困った子だ」 「コン」 成る程、晴明が置いたのではなく白狐が逃げ出したのか。 空都はそれを理解すると少し笑ってしまう。主人の元から逃げてきた、と思ってしまうと笑いが抑えられなかったのだ。 「何やら……貴方は勘違いをしていないか?」 「い、いや……勘違いも何も、この白狐は実際逃げ出したって訳だろ?」 空都がそう言えば晴明は顔を曇らせ、懐から扇子を取り出し口元に当てる。何だかその様子が、若干拗ねている様に思えるのは気のせいだろうか。 「ま、まあ白狐も獣なんだ。そういう時もあるって!」 「……ではない」 「…え?」 晴明はぽつりと何か言ったが、声が小さくて空都は聞き取れなかった。何て言ったんだ、と言えば晴明は一回咳払いをして、今度は聞こえるように言う。 「その子は獣ではない。私の…式神だ」 「…は…、………え?」 その言葉を聞いた空都は直ぐには理解できず、肩に乗っている白狐を見る。先程晴明が式神と言った白狐は、つぶらな目で空都を見ていた。 「信じられないだろうが、私は嘘を言わない」 晴明は続けて言う。ちゃんとした式神だ、と。 「こいつも、式神…」 空都はまだ信じられなかったが、晴明が嘘を言わない者だというのは知っていた。 いつだったか、空都の前で嫌なほど式神という物を色々と見せられたのだ。どうやら晴明の周りは不思議な物に溢れているらしい。式神というものは、未だに信じられないが。 「陰陽師の周りはホント、不思議だよな…」 「成る程、式を不思議と例えるか…」 「そ、それ以外例えようがないって。不思議は不思議だろ?」 あれか、気味悪いって言った方が良かったか?なんて思ったけどその事を言うのは晴明に失礼だろう。 晴明はそんな空都の言葉を聞いて少し驚いた表情をした。 「ほう…、式を不思議と言われたのは貴方が初めてだな」 「な、何だよ…お前のいた世界の奴等は不思議って思わなかったのか?」 晴明の言葉に少し疑問を持った空都は聞き返した。すると今まで大人しく肩に乗っていた白狐は、空都の言葉に対して小さく鳴く。晴明はそんな白狐をちらりと見た後、空都の目を見て言った。 「私のいた世界は、式を恐れられたり尊敬されたりもした…。勿論、その子を肩に乗せて都を歩けば、好奇な目を向けられていた事はよくあったものだ」 「……っ」 空都はその言葉を聞いた後に思わず視線をそらす。晴明の表情が少しばかり曇っていたのに気付いたからだ。 「そ、その…悪い事を聞いてごめん!そんな事があったなんて知らなくて……」 「…いや、気にする程ではない。もう慣れてしまったからな」 「でも…!」 空都はそらした視線を再び晴明に向ける。晴明の表情は普段通りになっていたが、先程の曇らせていた表情が空都の頭から離れない。 まさか、無理をしているのでは。 「ふ…、空都に心配される程ではない。陰陽が嫌ならばとっくに逃げ出していた。それに、私を見ていれば分かる事では?」 晴明は僅かに微笑みながら、空都の心を見透かしたかの様に言葉を返した。 「コン!」 それに続けて白狐が元気に鳴く。 まるで、心配ないと言われている様に空都は思えた。 「な…なら良いけどさ…。それに1つ言っておくけど、……俺は心配はしてないぞ!勝手に決め付けるなよ」 本人がそう言うのなら良いか、と思ったが何故か晴明に心配していると思われたらしいので違うと言っておく。 「なら、そう受け取るとしよう」 晴明はそう言ったが、顔が笑っている。 言い直した方が良かったか?とは思った空都だったが、晴明相手では疲れるだけだと諦めた。だけどこの事を誰かに言いそうな気がしたので、注意する事にする。 「何を思うのか勝手だけど、周りに言い触らしたら承知しないからな陰陽師! …口軽そうだし」 「空都にそう思われていたとは心外だな…」 「話の流れで言いそうだし」 「ふふ…、そうかな?」 ジと目で睨むが晴明は気にせずに笑う。 何だかよく分からない陰陽師だ。 「お前の主人ってホント不思議だよな…」 「コン」 空都は白狐にだけ聞こえるように小さく言って頭を撫でる。白狐は気持ち良さそうに目を閉じて空都の言葉を聞いた後、小さく鳴いて返事をした。 どうやら、白狐も同意見らしい。 「…だよな!」 白狐を見ながら、空都は笑う。 晴明はそんな空都と白狐を見ている事しか出来ずにいたのであった。 |