夢想 | ナノ


空都は義経に連れられて、とある場所に来た。

どうやら河原の様らしい。



「……ここ」

「見覚えがあるだろう?」



義経はそう言って懐かしむように語り出す。



「どうだ。この場所はあの時と変わらない風景のままだぞ!
俺達はよくこの河原で魚を取ったりしたな」

「……そう、だな」



そうだ、そういえばこの場所で義経と一緒に遊んだ事があったっけ。

結構昔の事だからあまり思い出せないけど、微かな記憶を手繰り寄せて俺は返事を返す。



「…異界に来たばかりで色々と不安だっただろう?
この場所ならば、空都が少しは落ち着くだろうと思ってな」



そんな事を言う義経に空都は少し笑う。
義経が俺の為に連れてきたと聞こえるのは何故だろうか。

異界に来る前はこんな事なんてしなかったのに、変な奴だな。



「俺がそんなに弱い奴に見えるか、義経?」

「いや、そんなつもりで言った訳では…」

「もう餓鬼でもないんだからさぁ」



そう言えば義経からすまない、と小さく返された。

いや、そんなあっさりと謝らなくてもいいのに。
まったく義経は律義な奴だな。



「あー…、お前のそういう所直した方がいいよ。いつか遊ばれるぞ」



義経は何事にも真っ直ぐだ。
でも時にはその真っ直ぐな性格が仇になる時もある。



「あぁ、善処しよう」



そういう意味を込めて言ってみたが、どうやら義経には伝わらなかった様だった。

まあ、俺の言い方が悪かったのだけれど。



「ま、あの所より…この異界の方が生きやすいかもなー」

「そんな事を言うな空都、元の世界にはお前の家族がいるんだろう?」

「…何で俺になるんだよ」




独り言で言った筈がしっかりと聞いていた義経に言い返されてしまう。
しかも、家族という言葉を言われては苦笑するしかない。


何せ、空都には家族がいないからだ。
いないというよりは記憶が無い、が正しいのだろうか。



「家族ねぇ…」



兎に角、物心が付いた時には空都は一人でいた。


記憶なんか思い出そうとしても、真っ白に塗り潰されたかのように頭から無いのだ。
それにまだこの事は、義経には言ってはいない。

余計な心配をかけたくないのもあるが、家族がいるかいないか位どうってことない。
空都は特に気にしてはいないからだ。



「あーぁ、俺の家族なんかどーでも良いのに」

「……空都?」



わざとらしく言えば義経は怒った様な表情に変わる。
家族をその様に言うな、と言わんばかりの顔だ。



「おい、……今のは冗談だよ」



取り敢えず何か言われる前に先に謝っておく。


本当、俺にとっては些細な言動までにも反応するよな…。
何だか義経が俺の親みたいなものに思えてきてしまって少し笑いが出てしまった。




「…冗談と言われた後に笑われては、冗談と聞こえないぞ」



案の定、義経に言われてしまう。

それから何とか弁解して、義経の機嫌を取り直す事が出来た空都は、空を見上げた。



「な、義経。異界の空はどんな感じ何だ?」



それは、空都がこの異界に来て知りたかった事。
それを知っていた義経は、空都と同じ様に空を見上げ少し間を開けてから話した。



「今はこのような有り様だが、妖蛇出現前は元の世界と同じ様な空だったな…」



義経がそう言ってくれた後、俺はそうかと短く返す。


今の空は快晴、というより程遠くて暗く濁っている。
今、この異界には妖蛇という化物が異界を滅ぼそうとしているらしい。
その妖蛇のせいで空は四六時中分厚い雲がかかり、今にも雨が降りそうな空模様をしているのだとか。


って、誰かに聞いたな。



「晴れたら、俺達が見ていた風景も記憶通りになるかな」




思わず口から出た言葉。

今、この時間にいる異界の空は晴れるのだろうか。
かぐやという仙人が時を越える力を持っているらしいけど、それは「一時的な時」であって「今」という時間ではない。

いくら妖蛇出現前に遡ったって、今の空模様は変わらないんだ。
そんな事を思っていたら、自然に口に出ていた言葉。



「それに、半兵衛って奴から聞いたけど…お前、いなかったらしいじゃないか」



俺が異界に来てから少し気になっている事だ。
半兵衛っていう小柄な子供に絡まれた時、ふと言われた事。


゙最後に残ったのが、僕達三人だったんだ。…キミは知らないだろうけどね"


遠回しに言われたけど、それは半兵衛達の仲間が全員妖蛇にやられて亡くなった事を指していた。
その中には、旧友の義経も…。



「そんな事を半兵衛から聞いたのか」

「なあ、それって本当?お前がいなかったって……」

「…空都」



義経から静かに名前を呼ばれた。

義経に言うまではあまり気にしてはなかったけれど、口に出した途端どうしても気になり出して仕方がなくなっていた。


本当に妖蛇にやられたのか。
やられたなら、二度と会う事など出来なかったのではないか。
どうして俺を残して先に行ったんだ。


何だか最後には私情が入り交じって訳が分からなくなってしまっていた。


そんな俺を落ち着かせようと義経は肩に手を置いて、数回優しく叩く。
義経の目を見ればいつもと変わらない、とても澄んだ目をしているのが見えた。



「空都、お前の言いたい事は色々分かる」



まるで子供を宥めるみたいに優しく言い聞かせる様にして、俺の目を見て言う。



「だが…今目の前には俺がいる。それで良いだろう?」

「……」

「俺は今を生きているのだ。空都は何も心配しなくてもいい」



その言葉の中には、自身に言い聞かしている様にも思えた。

それは多分、義経自身何度も思っていた事かもしれない。



何故やられたのか。
何がいけなかったのか。
何処で間違えたのか。



その事に対して、答えは出ない。

そんなの俺にも分かる。
今の義経は、妖蛇出現後にやられた義経ではないのだ。
だから、答えなんか無い。



「……そう、だよな」



今更、過ぎた事を言ったって意味がない。
とにかく今を精一杯生きている。

それで良いじゃないか。



「ごめんな、義経。…今を生きているんだから、それで…良いんだよな!」



そう言えば、義経の表情がふっと和らいだ様に見えた。



「…心配、かけてしまったな」



その言葉は、元の世界に一人取り残された俺に対しての言葉で。



「だが今は俺が側にいる!前を向いて行ける」



その言葉は、今を一緒に生きている俺に対しての言葉。



「そうだな!」



その言葉を聞いた俺は、精一杯笑ってみせた。



俺達が「今」を一緒に生きているのは、変えようがない事実なのだから。

俺達は互いに頷き、それから空を見上げた。






この空が、いつか晴れる事を信じて。
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