午前六時。そろそろ沢田綱吉が目を覚ます頃だ。
 遮光カーテンが引かれた暗い部屋の中、ベッドに寝転がってノートパソコンを前にした六道骸は、瞬きひとつせず画面に見入っていた。映っているのは誰かの部屋の映像だった。
 半袖にジャージの半ズボンを穿いた中学生くらいの少年が、布団のめくれたベッドの上ですやすやと眠っていた。
 時々「うぅん……」と寝言を言う彼の可愛らしい声がイヤホンを通して耳に入る。骸は、少年沢田綱吉をうっとりと見つめていた。
 六時三十分に目覚まし時計が鳴ると、少年はくぐもった声で呻きながらもぞもぞと布団の中に潜り込んで二度寝しようとする。毎朝の様子ながら、骸はそれを見て微笑ましく目尻を下げる。
 七時にようやく起き出して、ノロノロと着替えを
始めた綱吉の一部始終を見ていたいのは山々だが、自分も支度をしなければならない。映像はすべて録画されているから安心だ。
 手早く身支度を済ませると部屋を出た。誰もいなくなったワンルームの中で、パソコンに映っている綱吉が大きなあくびをしていた。
 大学の本館から少し離れた別館に、骸の研究室はあった。
 廊下を歩きながら携帯を見ていたが、綱吉から返信メールが来ないことに肩を落とした。ほぼ毎朝スキンシップをとっているというのに、彼は本当にシャイだ。
「おお、六道君じゃないか」
「おはようございます、先生」
 研究室の前で鍵を取り出したところで研究の担当教員に声を掛けられた。愛想笑いを顔に浮かべる。
「研究ははかどっているかね」
「ええ。昨日から別の課題に移ったところです」
「そうか。これからも頑張ってくれ」
「はい」
 教員と別れ、骸は部屋に入って内側から鍵をかけた。
 研究室といっても部屋の中はシンプルだ。骸一人が使う専用の部屋なので広くもない。
 専門書ばかりの本棚に、机に乗ったデスクトップのパソコン。小さなチップやケーブルなどが入った透明のカラーボックス。
 骸は電気工学科の研究生で、半導体を専門としていた。作業はほとんどパソコンで出来るため、研究に使う材料は少ない。イスに座り、パソコンが立ち上がる間に、机の上で鞄を開いた。
 中から細長いケースを取り出して箱を開けると、二本の医療用メスが入っていた。緩いカーブを描いた刃は、ほんの少し触れただけで切れるほど鋭利だ。
「…………」
 わずかに赤色が付着した一本を手に取ると、骸は目を細めた。
 今朝、綱吉が校門をくぐるのを確認したあと、彼につきまとう獄寺隼人という少年に会いに行った。
 攻撃には目を狙ったのだが、意外にも奴は俊敏で外してしまった。
 パソコンに目を移すと、綱吉の部屋が映し出されていた。綱吉は学校にいるから、誰も写っていない。
 起き抜けのまま乱れたベッドや、脱ぎ捨てられたパジャマをズームアップして、舐めるように眺める。
「綱吉くん……」
 今朝電車の中で触れた、制服越しの綱吉の柔らかい尻の感触を思い出して熱い息を吐く。
 綱吉が学校にいる間は、彼の声も姿も見ることはできない。
 衣替えをする前は、ブレザーの襟のタグ部分に五ミリの最小サイズの盗聴器を取り付けて一日中音を拾うことができたのだが、シャツ一枚の夏服になってからは難しくなった。
 シャツの生地は薄っぺらくて色が白いので発見されやすいし、頻繁に洗濯されてしまうから設置には向かないのだ。
 気の済むまでパソコン画面を見たあと、ウインドウを切り替えて研究の続きに取りかかった。より高画質で高音質の小型盗聴器とカメラを作るため、それらに組み込むチップを作る作業だ。










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