綱吉は息を乱しながら教室に飛び込んだ。
乱暴な音を立てて座った綱吉を教室内の数人がちらりと見やったが、すぐに興味なさそうに視線を逸らした。
息のつまるような電車内とは対照的に、ざわざわと教室は緩やかにさざめいている。
安堵の息をつくと、綱吉はずるずると机に突っ伏した。
ひんやりとした感触が気持ちいい。
(疲れた、)
毎朝これでは持たない。
電車の時間を変えたこともある。車両だって転々としている。
それでも毎朝アイツはやってくるし、不気味なメールは届く。
(女子ならともかくオレにって、おかしいだろ・・・)
最近は駅から学校までの道のりも誰かに見られているような気がしていた。
何度振り返って誰もいないと確かめても悪寒が消えなくて、結局走るハメになる。
学校は安心だ。学校では何も起こったことはないし、何よりみんながいる。
「どうしたツナ、具合悪いのか?」
前の席に腰を下ろした山本が心配そうに言った。
「ご病気ですか十代目!!なんでしたら今すぐ救急車を、」
そう言って本当に携帯電話を取り出したので、綱吉はあわてて獄寺の腕をつかんだ。
「ち、ちがうから!ちょっと疲れただけだって!」
「いやでも、」
「獄寺はおおげさなのなー」
「黙れ野球バカ!十代目になにかあったらだなぁ!」
「ほんと大丈夫だから!」
山本に噛みつかんばかりの彼を押し止めていると、その左頬に見慣れない傷を見つけた。
まだあたらしいのだろう、切り傷は不吉なくらいに赤い。
「獄寺くん、それどうしたの?」
指差された獄寺は一瞬きょとんとして、傷のことだと分かると渋い顔をした。
「今朝通りすがりのヤツに喧嘩を吹っ掛けられまして」
「うわナイフ?!やばいじゃん!」
「いえ、ナイフというかあれは、」
「おっかねーなぁ。大丈夫か獄寺」
「うっせぇ俺がそこいらのヤツにやられる訳ねェだろバカ!!」
何か言いかけたのをやめて獄寺は山本の胸ぐらをつかんだ。ガクガクゆさぶられても彼は笑っている。
綱吉も笑ってしまった。
「オレもそのぐらい強かったらよかったんだけどなぁ」
思わずぼやくと、獄寺が険しい顔をした。低い声で言う。
「十代目に喧嘩売るやつがいるんスか」
「あ、いや、ケンカっていうか」
アイツのことを言ってしまおうかと、チラリと思って、打ち消した。
毎朝電車で痴漢にあってるって?言えるはずがない。
「朝、満員電車だからさ。いろいろぶつかっちゃうんだけど、時々ひどい人いるんだよね」
「それで最近ぐったりしてるのか?」
山本が心配そうに言った。彼は自転車通学だから、電車の内情を知らない。
獄寺はしばらく渋い顔をしていたが、名案を思いついたというようにパッと顔を輝かせた。
「じゃあ俺、迎えに行きますよ!十代目の駅まで!」
「え!だって獄寺君反対方面じゃ、」
彼の最寄りは同じ路線でも反対方面で、綱吉の駅に来るためには下車駅を一度通り過ぎなければいけない。
遠慮した綱吉だったが、獄寺は「十代目に無礼を働くやつは俺がとっちめます!」と熱弁する。
(・・・お願いしてみようかな)
チャイムと同時に教師が入ってきたので会話はそこまでだったが、綱吉の心は軽くなっていた。
友達がいればアイツもためらうだろう。
彼に頼んでみるのも一つの選択肢かも知れない。
なんだか希望が見えたような気がして、綱吉は久しぶりに鼻歌を歌った。