通学時の満員電車は、休日明けの月曜日だからか余計にうんざりする。人と人に挟まれる圧迫感の中、綱吉は緊張に体を固くしていた。
今日は来ないかもしれない、なんて甘い考えを打ち砕くようにアイツはやってくる。
綱吉は背後に意識を集中させながら、右手に持った携帯を握り締めていた。
快速電車で荒く揺れる車内。綱吉の周りには掴めるところがなく、両足でバランスを取っていた。
しかし綱吉にとっては掴む所のない方が安全なように思えた。以前、背伸びして高い吊革に手を掛けていたら、無防備な腰に彼の両手が触れてきた。片手一本では抵抗がままならず、吊革から手を離そうにもその下にいる乗客に迷惑がられて腕を下ろせなかった。
満員電車は体を十センチたりとも動かせない。それくらい狭いところに人が詰め込まれているのだ。
「っ……!」
突如、臀部に何か当たる感触がして綱吉は息を詰めた。
周りの人の鞄が当たっただけかもしれない。何しろ満員電車だ。みんなピリピリしているから、自分に触れるものに敏感なのだ。この箱の中でストレスを感じていない人なんていない。
綱吉はそれが人の指の動きをしないことにホッとした。人の手であっても、たまたまその位置にあるだけなのかもしれない。
(今日は大丈夫みたいだ)
綱吉の通う高校がある駅まであと十分。綱吉は肩の力を抜いて、携帯をスラックスのポケットにしまった。
(……ん?)
綱吉の尻に当たっている鞄が、少し温かい気がする。
それに鞄ならもう少し素材が固くてもいいはずだが、当たっているそれは布製のようだ。例えばそう、衣服のスラックスのような……。
(まさか……っ!?)
勘違いであってほしいと思いながらも、綱吉は顔色をなくした。
だんだん熱くなっていくそれは、次第にふらちな動きを見せ始めた。綱吉の臀部に擦り付けるようにグイグイ押し付けてくるのだ。
(うそだろ、これって……)
綱吉は急いでポケットに手を入れた。携帯を取り出そうとする。しかし、不意に背後から強く手首を掴まれて手を引き出すことができない。
(いやだ!)
着信音を鳴らして威嚇しようと思っていた今、大声を出すことも暴れることもできず綱吉は唇を噛んだ。恥を掻くのはこっちなんだ。
一度勇気を振り絞って痴漢の腕を掴み、ホームまで降ろしたことがある。
痴漢は中年のサラリーマンで、綱吉が何か言ってやろうと思うのに彼はきょとんとしたままだった。
他人の視線を気にしながら綱吉は声を潜めて、もうやめてくださいと言った。すると男は不愉快そうに眉を寄せ、何なんだ君はと綱吉の手を払った。
ブツブツと小言をこぼしながら車内に戻っていくサラリーマンを呆然と見ていると、綱吉のポケットに携帯の振動が伝わった。
携帯を開くと新着メールが一件。送り主は、登録されていないアドレスが羅列されているが、綱吉のよく見る英数字だった。
『残念でしたね』
本文はその一言だけ。綱吉は携帯片手に急いで辺りを見回した。
電車の扉が閉まり、ホームから離れてと駅員がアナウンスしている。電車が発車しても、綱吉は恐怖でしばらくその場から動けなかった。
綱吉の降りる駅名が告げられ、ドアが開いた。綱吉の腕は離され、やっと男から解放された。
綱吉は一目散に出口を目指し、ホームに着くとすぐに後ろを振り向いた。しかし誰も綱吉を見ていない。
ポケットで携帯の受信音が鳴った。
『行ってらっしゃい』
(何なんだよ……ッ!)
綱吉は改札のある階段へ走り出した。









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