「子供が出来たんだ……」

しまりのない顔の理由を聞くと、彼はそう答えた。
骸は少し動きを止め、へぇ、と言った。

「いつうまれるんです」
「十月だって」
「そう」

十月十日、ならば年の瀬か。
笑いが零れた。
年の瀬?
クリスマスも正月も忙しかったのに?
仕事を理由に食事の約束をキャンセルされたこともある。
その時だったのか、あるいは…
なんにせよ、あの頃は疑いもしなかった。
自分と過ごす一方で、見知らぬ女と絡み合っているとは。夢にもだ!
いつまでも続く関係だとは思っていなかったから、常にこの瞬間を覚悟していた。
しかし、せめて、その時が来たなら一切を精算するだろうと思っていたのだ。
沢田綱吉風情がずいぶんと器用な真似をしてくれた。
…さらに許せないのは、自分の胸を最初によぎったのが憤りではなかったことだ。
渦巻く思考に蓋をして微笑む。
動揺などするものか。マフィアがクズなのは知っていた。
沢田がマフィアであることも、だ。

「おめでとうございます。名前は決めたんですか」
「え?さぁどうだろ、聞き忘れちゃったな」

心の底から不思議そうにして見せる姿に、思わず声が尖る。

「他人事のようですね」
「しょうがないだろ、浮かれてたんだ」
「ああ、そう」

骸は黙った。
絶望的な気持ちで、無表情に息をしていた。

「骸…?」
「それで、君の式はいつにするんです」
「はぁ?」
「未婚の母にはできないでしょう。お腹が大きくなる前に、」
「待って」

笑いを引っ込めて綱吉が骸の手を取った。

「お前、オレに子供が出来たと思っているの」
「は?そうでしょう」

口調は苛立っている。

「…違うって!フィオナだよ山本の隊の!!」
「…はぁ?」

ほら、赤い髪でショートヘアの、この前結婚した、お前も顔はわかるだろ。
まくし立てながら彼は握った手をぶんぶんと振り回す。

「はぁ?!」

骸は凶悪に顔を歪めた。
衝撃が落ち着いて綱吉に対する殺意が湧いてきた頃だったので、その形相たるや地獄の鬼のようだった。

「身近な人にに子供ができるって聞いたらうれしくなるだろ!」
「身近、ねぇ。へぇ、そうですか。祝って損しましたね」
「なっ?!めでたいだろ!」
「僕にしてみれば知らない人間だ」

骸はゆっくりと息を吐いて立ち上がった。
血が逆流するような感覚に、死んでしまえと口に出さず呟く。
風邪かなにかで死んでしまえ。

「帰ります」
「え、もう」
「とっくに用は済んでる」
「そうだよ、な」

綱吉はわずかにためらってから、誤解が解けてよかったよと笑った。
その情けなく下がった眉の辺りを見つめて、きつく指を折る。

「でも、さ、」

絨毯に目を落としたまま彼は言った。

「オレに子供ができたとしても、お前はこんな風に流しちゃうのかって、ちょっと、思った」

弱々しい声に骸はうんざりする。

「オレってそんなに信じられないの。怒れよ骸。オレはお前以外と寝るつもりはない、」

言い終わらないうちに綱吉の体は壁に叩きつけられた。
派手な音を立てて部屋が軋む。
綱吉の喉が骸の手の中でくぐもった音を立てた。

「馬鹿な男だ」

苛烈な瞳で吐き捨てる。
最後の最後でいともたやすく彼は骸の一線を越える。
感情だけで真っ直ぐに進もうとする、その愚かさが不愉快だった。
出会った時から憎んでいた。
馬鹿な男だ。

「お前も」

そして僕も。

骸はかすかに笑みを浮かべる。

憎んでいた。
憎んでいる。
しかしその紙一枚隔てた向こう側を、骸はもう知っている。
…馬鹿にも程がある。
愛なんかに捕らわれて!

手を離すと綱吉は激しく咳き込んだ。
しかしそれでも、二つの目は骸を見つめて離れなかった。

「骸が、好きだよ」

かすれた言葉に返した骸の笑み。
口元はひきつれた傷に似ていた。












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