ししあさまへ!:振り回されてても、まんざらでもない骸の話
「映画を見に行こう」
つい昨日、沢田綱吉に映画に誘われた。
急なデートに異論はなかった。
だって二人はできたてほやほやのカップルだったわけで。
ただ問題は、死ぬ気で頭をわしづかみされる必要があったのか否かだ。
脅迫か。
とりあえず今は正気に戻った沢田綱吉と一緒に映画館に来ている。
「何を見るつもりだったんですか」
「それがなんも考えてなくてさ…」
はずかしそうに言いながら、彼は映画のポスターを眺めている。
その視線をたどって骸は「おや」と呟いた。
「それが気になりますか」
差したのは有名なアニメだった。
綱吉の顔が赤くなる。
「ちっちがうからな!お、オレが見てたのはその隣!!」
その指先を見た骸が微妙な顔になった。
綱吉が「しまった」という表情をしたけれど、骸は気づかない。
「…バ●オハザード?」
「……た…まには骸とホラーもイイカナーなんて」
何の嫌がらせだ。
そして開演後。
何の嫌がらせだ。
骸は再度そう思うこととなる。
「ひ、ふ、うわぁぁぁ」
「ちょっと君黙んなさい」
「ムリムリムリィッ!」
大画面に写し出される血飛沫に、意表をつく演出は綱吉の喉からひっきりなしに悲鳴をあげさせた。
ぎゃぁぁぁ!とか、ひぃぃぃ!とかそんな感じに。
ちょうど口が耳元にあたる骸からしてみれば、たまったもんじゃない。
「それ以上喚くなら口ふさぎますよ」
「な…っ!」
手で口を覆う、という意味だったのだが、なぜだか綱吉はカァッと赤くなった。
いかにも「恥じらい」といった風だ。
「やだお前、はずかし…!」
「待て待てなにがですか誤解してるんじゃないでしょうね」
何をどうとらえたらはずかしいにつながるのか骸にはサッパリ理解できなかったが、あんまり綱吉が真っ赤なものだからこっちまで赤くなってしまった。
調子が狂うような気がして、乱暴に頭をかいた。
なんなんだ一体。
映画が終わっても理不尽な仕打ちはつづく。
外のベンチで休憩していると横顔に視線を感じたので「何か?」と聞いた。
ものすごい勢いで目をそらされた。
さっきまでこっちを見ていたでしょうが。
「いやそのべつに骸じゃなくて、ほら、あれだよクレープ!クレープたべたいなって!!」
「…」
なるほどたしかに指差す先では、クレープ屋が甘い匂いを振り撒いている。
「…どれですか」
「え?」
「種類。どれが食べたいんですか」
「ち、チョコカスタード、かなぁ!」
綱吉がそう言うから骸はふわふわの女子にまじってクレープの列にならび、クレープ片手に戻ってきたというのに。
それなのにこの男ときたら!
「…ごめん骸、胸焼けしてきた」
「馬鹿か君は」
半泣きの綱吉からクレープをむんずと奪い取り、なかばやけになってもぐもぐとやった。
まあたしかに甘い。
しかしこのくらい予想ができそうなものじゃないか。
馬鹿か。馬鹿なのか。
ふと気がつけば、さっきまで青かった綱吉の顔がまた真っ赤になっている。
なんだ。処理してほしかったんじゃなかったのか。
「なにを怒ってるんです」
「…えっ?怒ってなんかないけど」
「顔が赤いようですが」
「そっれは…!」
堪えかねたように綱吉はそっぽを向いた。
最後の一口を放り込みながら、骸は空をあおぐ。
なんということだろうか。
価値観が違うことは覚悟の上の恋だった。それでもまともな付き合いの真似事ぐらいできると思っていたのに。
綱吉相手だと、まったくうまくいかない。
重いため息に、綱吉がビクリと震えた。
「むくろ、」
「ほら、帰りますよ。駅まで送りますから」
「あ、うん…」
なんなんだその顔は。
骸は眉をしかめる。
泣きそうなのはこっちのほうだ!
背を向けて歩き始めようとした骸の袖口を、ひっぱるものがあった。
綱吉の指先だ。
「なんですか」と言いながら振り向いた骸の視界に、とんでもないものが飛び込んできた。
炎だ。
「…ちょ、君、なにハイパー化してるんですか!そんなにクレープ食べられたの嫌だったのかッ!」
「クレープ…?いや、そんなものはどうでもいい。骸、」
「は」
自分で食べたいと言い出したクレープを「そんなもの」あつかいしたあげく、綱吉はあっけにとられる骸の襟首をがっしりと掴み上げて重々しく宣告した。
「カラオケにいくぞ」
なんでだ。
骸は狭いカラオケルームで、隣で選曲する綱吉を見下ろす。
視線に気づいたのか、見上げて照れたように笑った。
「なんですか」
「いや、なんか、その、なんでもないっ!」
「…」
どういうつもりなのかはしらないが。
骸はすっかり疲れてしまって、今日何度目かわからないため息をつきながら、思う。
なんだかんだで、こうやって隣で笑う綱吉を見られるのは、まぁ、悪くない。
噛み合わない二人にとっては、黙って手でも繋いでいるのが一番伝わる形なのかもしれなかった。