アァ、オ前モ、コンナ暗ィ所ニ生マレテキテシマッタ

彼はくちびるをわずかに震わせた。
μは他所に出かけ、ここにいるのは向かい合う私と彼だけ。
ぼう、と、白く浮かび上がる、骨ばった手が頭をなでていく。
その細い指が丁寧に髪をすいてゆくのに、なにか、安堵に似た感情を覚えた。
私はこんなに穏やかだというのに。
この手の持ち主は、我が主は。
紫の瞳にいつも、何かを、堪えるようにしている。
それが何なのか、私には、わからない。
彼は私達に何も語らない。
ただ、思い当たるのは、昔、もうずいぶん昔に一回だけ彼が発した問い。

(寂シクハ、ナイカ)

寂シイが、どういうことかわからなくて。
μも、それが何なのか知らなくて。
「ナラ、イイ」と、彼は言ったけれど。
もしかしたら、彼の瞳のそれは、寂シイなのかもしれなかった。

―コンナ暗ィ所ニ、

聞き取れないような振動が虚空に溶けた。
彼の寂シイを、なくす術を私は持たない。
おそらくはμも。
でもただひとつだけ、思うのだ。
もし、彼の寂シイの理由のひとつが、先程の言葉ならば、


(アァ我ガ主、ソンナコトハ気ニモシテイナイトイウノニ、)


告げても彼は微笑むだけで。








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