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最後に見たのは輝く彼の瞳だった。
歓喜に歪んだ顔はその腕の中にだけ向けられていて。血に濡れて産声をあげる肉塊、あなたが欲しかったのはそれなのね――!
門が開いている。
連れ出された亡者の代わりを求めて黒々と口を、

「――――――、―――!」

ああオルフェウス。あなたは必ず振り返る。
私が必ずあなたを迎えに行く。
必ず――!


呪う唇が戦慄いて、少女は事切れた。















「アァ、起キタノカ」

ごう、と、耳を圧す水の音。
薄暗い河辺にラフレンツェは仰向けていた。
隣にいるのは大きな…男のようだった。

「計算違ィダッタ。オマエノ門ガ一人シカ通レナイトハ」

くつくつと笑う男の声は妙な響きで、ラフレンツェは暫く呆としていた。
ただそれも言葉をすべて理解するまで。
門、その言葉にラフレンツェが青ざめた。

「あなた、誰なの」
「冥府ノ王ダ、人ノ仔ヨ」

冥府に繋がれた哀れな娘よ。

低い笑い声は深い淵から轟くようだった。

「オマエノ門ナラバアルイハト思ッタガ…ヤハリ器ヲ得ル他ニナイ、カ」
「…!」
「ソウ睨ムナ。確カニ門ヲ利用シヨウトハ思ッタガ、開ケタノハアノ男ダロゥ」

体をこわばらせたままの少女を見下ろして、冥王は笑いながら言う。

「第一、何ヲ恐レル?亡者ガ河ヲ越エルコトヲ?世界ガ地下ニ呑マレルコトヲ?」

ズッ、と、顔が目の前に迫った。
紫の瞳は深い湖のようで、ラフレンツェは思わず息をのむ。

「だって、」
「人ノ仔ヨ、生ガオマエニ何ヲ教エテクレタ。祖母ヲ喪ウ哀シミ、一人ノ寂シサ、ソレカラ?」

それから?

わからない。ラフレンツェにはわからない。
優しかった祖母が残したのは寂しさと孤独で、優しい彼がくれたのは…くれたのは?
押し黙る彼女の胸を、白く骨張った指がさした。

「ソノ胸ノ漆黒ノ炎ニ、オマエモ気付イテイルダロウニ」

布越しに触れた爪先から冷たいものが流れ込んだような気がして、思わず胸を押さえて後ずさる。
手の下には赤い布があるだけだ。
赤い布の下には白い肌があるだけだ。
白い肌の下、その胸のうちには、言い表せない感情の渦が、ある。

慈しむような手つきでそっと頬を撫でてから彼は言った。

「人ノ仔ヨ、ソレガ憎シミダ」

その名前はすとんとラフレンツェのなかに落ちた。

「生ハ、痛ミト憎シミシカ教エテクレナイ――、死ハ違ウ。誰モニ与ェラレル救イデ、愛ダ」

仔よ、恐れるな、と、彼は続けた。
ゆったりと伸びてきた両腕を、ラフレンツェは身動きせずに受け入れる。
すっぽりと包まれて感じたのは、不思議なことに安堵だった。
なんでだろう、何も怖いことなんてないような。守られている、ような。
それは、彼女が初めて感じる安らぎだったかもしれない。
冷たいと思ったはずの体温は、燃え盛る「憎シミ」を自覚した今は心地よいように思えた。

「愛シテイルヨ、ラフレンツェ。モゥ、何モ恐レナクテイイ」

もう、大丈夫だよ。

「ぁ、」

ひんやりとした死の腕の中で、ラフレンツェは堰を切ったように泣いた。
熱く火照る目蓋の裏に、赤く狂い咲く彼岸花が見える。
帰らざる彼岸。
遂に知った「愛」と「憎シミ」とを抱いてそのけぶる赤の向こう、恋した輪郭を描いた。
こんなにも私はあなたが憎い…!
小さな唇がかすかに歌う。

旋律はもう、鎮魂を奏でない。











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