「パンツください」
「へーい」

骸が静かに言ったので、わざとのんびりした返事をしてベッド脇に落ちていた布を放った。
受け取ってそれに足を通す姿を、シーツにくるまったまま眺めて、その背中に走るみみずばれの本数を数えてみたりする。
途中で何本だかわからなくなって諦める。
硬い骨の上を覆う白い筋肉の上に隆起する赤い傷。
はたしてオレの爪には、ヤツの細胞が残っているだろうか。どうだろう。
情事のあとシャワーで洗ってしまった体だけれど、爪と肉との間の奥には、まだなにかが残っているような気がした。
不意に背中が見えなくなった、と思ったら、彼はもう洋服を着てしまっていて、こちらを振り向いたのだった。

「いつまでいるんです」
「チェックアウトぎりぎりまでかなぁ」
「そうですか」

お前はもう行くんだろうと、声に出さずにつぶやくと、手がこちらへ伸びてきて髪を撫でた。
優しい仕草だったから目を細めるくらいしかできなくなる。体が重いのだ。
しかし動かすなと命令しているのは他でもないオレの脳。

「じゃあ僕は行きますが、綱吉、迷子にならず帰ってくださいよ」
「帰れるっての」
「どうですかねェ」

骸は揶揄するように形のいい眉を上げた。

「お前なぁ、これでもオレは立派な成人男性だぞ」
「組み敷かれてますけどね」
「お前は段々ひわいな冗談が増えたな。オヤジ化か」
「オヤジかどうか体力で勝負してやりましょうか」
「だからそういうのをオヤジと言う」

こんな軽口を聞いたら部下は卒倒するんだろうな。
ふっと思って、けれど何の感情も湧かなかった。
ボンゴレと黒曜とが敵対一歩手前の微妙なバランスをとっているのは、なにももう最近だけのことではなくて、こうして会うのも初めてではない。
褪せた壁紙の模様を視線で撫ぜる。
誰も知らないような田舎のホテルで落ち合うようになったのはいつからだろう。
骸がクロームをボンゴレに置いて出て行った日だろうか。
それとももっと前、彼の立場が不穏な空気に包まれ始めた時?
「ボンゴレのボス」と「綱吉」、「黒曜のトップ」と「骸」とが乖離し始めたのはいつだったか。
けれどいつからだとしたって、最初から隣にはいられないようにできていた。

「では」
「おー、じゃあな」

出ていく背中を、手を振って見送った。
見えなくなった傷のことを思う。
コートの下で体を包むやわらかい白いシャツの、下。いくつも走る赤い線。

これは愛じゃない。恋じゃない。執着かも知れない。あるいは甘えか。
だからこそ、この気持ちにゴールはない。
もう何年も周りを欺いて不毛なこと続けているけど、捨てられないんだからどうしようもない。
惰性と言うには、少し、切実すぎる。
…この葛藤にも、最近は飽きてきたのだった。
慣れは恐ろしい。
ドアが完全に閉まってオレは体を起こす。
監視カメラには今日も、アイツの姿はないだろう。
いつまでも続けられるはずがない、と、他人事のように思ってあくびをした。
そう思った頭の反対側で、次の予定を算段している。
骸を愛していると言うのは、欺瞞だ。
愛している人間を組織から追放して厄介がって、周りの悪口を否定するでもなく。
そんなのって、ないだろう。
でも、ふれてくる彼の指先を、ひっかき傷の残る背中を、軽口を放つうつくしい唇を――この時間を愛していると言うのなら、許されると思った。

「捨てられっこないんだ」

手放せやしない。
たとえそれが不自然なものだとしても。
だから目をつぶって、体を石のように重くする。この均衡に溺れる。
無感覚を装う。

ただ未だに発作のように、あいつの背中を抱きとめたいと腕がうずく。










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