見下ろした視界が好きだった。
あの頃はまだ好きだという自覚はなかったけれど、なくしてみてはじめてわかることもある。
キャラメル色の髪が歩くのに合わせてゆれること。
膨らんだ目蓋と、その先の睫毛が落とす影。
彼は上からの視線に鈍くって、たいてい骸はあきるまで眺めていることができた。
気づいて見上げたときの、光を通した大きな瞳も好きだった。
小さな彼が好きだったのに。

「ん、骸どうかした?」
「…いえ」

なんで今や僕と5センチしか違わないんだ。

今年で34になるボンゴレ様は、白スーツをビシリと決めて首をかしげている。
かわいくない。

「君、縮みませんか」
「嫌だって、やっと人並みのデカさになれたんだから!」
「はぁ…」

顔が近くなった分、お互いの視界も近づいた。
だから綱吉はちょっと眺めただけで振り返ってしまう。
あの頃と大分様変わりして、輪郭は丸みを失った。声も低くなった。

「骸?」
「…そんな無駄に色気のある声が聞きたいんじゃないんですよ」

まだ子供の笛みたいな声で呼ばれる名前が好きだった。
なつかしいあの日々!

うなだれる骸に綱吉はびっくりなんてもんじゃない。

「いろ…っ?!昔はさんざん色気のない声ですねとか言ってただろーが!」
「知りません。僕のかわいい綱吉くんを返してください」
「30過ぎに無茶言うなって…」
「凪は今もかわいいですが」
「クロームは妖精だろあれは」

綱吉はつい昨日会った彼女の姿を思い浮かべた。
華奢な手足につぶらな瞳、はにかんだ顔はたしかにかわいい女の子以外の何者でもなかった。
童顔じゃすまないものがある。

「骸って趣味が極端だよな。かわいいのとかっこいい系のと」
「かっこいい系ってなんですか。系って」
「時々行き過ぎて理解できない」
「クハ、可哀想な感性だ」

骸は笑った。
笑いながら懐に手を入れ、ピストルを突き付けた。
綱吉が身構える暇もなかった。

「では」

パァン!

殺意の欠片もなく放たれた銃弾はまっすぐ綱吉にぶつかった。
家庭教師がいたら舌打ちしただろう。
避けられるはずの距離だった。
破裂音と白煙のあとに呆然と立っていたのは、身長わずか157センチの沢田綱吉少年だった。
スーツはぶかぶかで、ズボンがずり落ちている。

「な、な…!」
「沢田綱吉!クハッ!会いたかったですよ」
「なんじゃこりゃー!!」

絶叫する綱吉に骸は笑い転げている。
綱吉は必死にズボンを引き上げたが、足に絡まってすてんと転んだ。

「シャマルとジャンニーニの合作ですよ。20年前ピストル。ただし体が若返るだけですが」
「だけじゃねーよ!なんつーものを…」

恥ずかしさから顔が真っ赤だ。

「5分、5分で戻るんだろうな?!」
「理論的には」
「未検証かよばかやろー!!」

検証はすんでいる。健康に影響はないし、いずれは元にもどる。
ただ、まあ、時間には個体差がある。
骸はわざと黙って笑っていた。
よろよろと立ち上がった少年をすっぽりと抱き込んで、その髪に顔を埋める。
そう、これだ!
悦に入る骸の腕の中で、綱吉が不満げな声をあげた。

「おまえなぁ!」
「クフフ」

骸はひょいと体を離した。
一見綱吉の非難に応じたかのように見えた。
が、しかし。
綱吉の気が緩んだ隙に、骸はその唇に噛みついた。
くぐもった抗議を歯牙にもかけず、舌を滑り込ませて濃厚なのを一発お見舞いする。
悲鳴は声にならない。
舌がゆったりと歯列をなぞっていく。
ぶるぶる震える綱吉とは反対に骸はとても楽しそうだ。
ようやく解放されて、綱吉が拳を振り上げた、瞬間、

ーポン!…ゴン!

白煙と破裂音。続いて鈍い衝突音。
少年綱吉が骸の胸元目掛けてふり下ろした拳は、大人の綱吉が思い切り骸の頭を殴り付ける結果を生んだ。

「………!」

骸はうつむいたまま動かない。

「え、うわ、ごめん!大丈夫?!」
「…大丈夫に見えますか」

ゆらりと立ち上がる。

「見えないけど、てかもとはと言えばお前が!!」

綱吉も負けじと立ち上がった。
睨み付けた綱吉を彼はじっと見つめている。

「な、なんだよ」

さすがにやりすぎたような後ろめたさがあって、綱吉はすこしたじろぐ。
無言で近付いてくる彼に思わず目をつむり身を固くしていると、唇にふれるものがあった。

ちゅ。

「は」
「やっぱりこっちのほうが首がいたくなりませんねぇ。まァ、このままでもいいんじゃないですか。君の身長」

綱吉は真っ赤になって、再びその手を振り上げた。
勢いよく空を切る。

平手打ちを甘んじて受けながら、骸は愉快そうに笑っている。












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