12年。
それは綱吉が笑えるようになるまでの時間だった。
六道骸が猫のように姿を消してからの時間だった。
その死は泣きじゃくるクロームの姿で思い知った。
体は、見つからなかったから。
それから12年。
目の前にはふんぞり返る10歳の少女がいる。

「みっともなく老けましたね」
「おまえ、」
「おやおや、痴呆の気でもあるんですか。この目を、忘れましたか」

前髪をかき上げて笑った、その右目は赤い虹彩を持っていた。





「いつまで寝ているんですか沢田綱吉」

小さな足が布団にもぐる綱吉を蹴飛ばした。
綱吉はうめく。

「休みぐらい寝かせて…」
「たるんでる。第一今日は僕を街へ連れていく約束だ。パフェです。チョコレートパフェ」
「うん…」
「起きろ!」

ついに彼女は布団を剥いで馬乗りになった。
つぶれたカエルのような声が漏れる。

「鬼…!」
「いたいけな少女に何を言うんです」
「中身はオヤジだろ」
「君とは違います」

形の良い鼻が、つん、と上を向いた。

「はいはい…」

綱吉はのっそりと起き上がった。
つっと骸が手を伸ばし、小さな手のひらで綱吉の頬をなでる。

「骸?」
「…つるつるですね。子供のように!」
「ほっとけ」

うるさそうに手を払いのけて、大きな伸びをした。
それを、骸は腕組みをしてじっと見ている。

「骸さぁ」

あくび混じりに、なんでもないことのように言った。

「クロームたちのとこ、戻らないの」

いつまで綱吉と同居するつもりか、という意味だった。

少女に生まれ変わった骸が現れた時、綱吉は真顔で頬をひっぱたき、相手にしなかった。
骸の記憶を持っていようがおまえは骸じゃないよ、とまで言った。
事実、そうだと信じていた。
目の記憶に引きずられているんだと信じていた。
そんな綱吉に業を煮やした彼女が、いっしょに暮らして納得させると宣言して転がり込んだのだ。
犬や千種、クロームまでにも恨めしげに見られながら、自称骸との生活は始まった。
もう半年になる。
骸と呼べるようになったのは三日前だ。

クロームたちですか、と、少女はかすかに眉を寄せる。

「あの子たちはどうも、過保護でいけない」

微妙な表情で言った。
うれしさと不満と、ちょっとした誇らしさ。
その様子を見て、綱吉の目は知らず知らずのうちにやわらかくなる。
そして体の奥からなにか言葉にできない衝動が込み上げる。

「骸」
「なんです」
「…なんでもないよ」

微笑んで綱吉はベッドから降りた。
パジャマの背中にシワがよっているのを、骸は見た。

「着替えるから待っててよ」

明るい声で言われて、少女は一瞬ためらう。
それでも最終的には子供にふさわしい軽やかな足取りで部屋を出ていった。
綱吉の背後でドアが閉まる。

「骸」

窓の外、明るい日差しでつやつやと光る景色を見ながら、綱吉は呟く。
彼女に聞こえないようにちいさな声で。

「骸」

呼ぶことに慣れこそすれ、まだ少女が骸だと思うことができない。
暮らして解った。
たしかに性格も、口調も、記憶も、しっかり骸そのものだ。
恐ろしいことに、綱吉の直感までが――体内の血に伝わるという超越的直感までが、彼女が骸だと叫んでいる。
だからこそ、綱吉は認めるのが怖い。
自分の願望があふれてしまったんじゃないのか。
都合のいい錯覚をしているんじゃないかと思うと、怖くてたまらない。

「会いたいんだよ、骸」

もし彼とまた生きて、同じ時間を過ごせるのなら、なんだってしただろう。
そんな自分が分かっているから、綱吉は都合のよすぎる少女の存在を受け入れるのが怖い。
骸だったらいい。骸であって欲しい。
でも、違うとしたら?
自分の願望や執着で、少女の未来をねじ曲げるというリスクが怖い。
…散々悩んだ結論は、待つことだった。
少女が成長して、本当に骸だと言い切れるまで、綱吉は待つつもりだった。
つもりだったのだ。

綱吉は顔を覆う。
一瞬、まぶたの裏に外の景色が鮮やかに焼き付いた。

「待たなきゃいけないんだ」

――待たなければいけない。
なのに、なんでだろう、骸。
パフェをねだる強引さ。
家族を語るときのくすぐったそうな、ばつの悪そうな顔。
そうやって些細な仕草を目にするたびに、彼女が本当にお前だったらって思わずにいられない。
本当にお前だったらどんなにすてきだろうって。

骸、お前がオレと一緒にいて、幸せそうにしているんだとしたら、どんなにうれしいだろうって。

「沢田綱吉!ボタンのはずし方も忘れましたか!」
「今行くよ!」

ドアの向こうに叫び返した。
いつの間にか滲んでいた涙を綱吉は慎重にぬぐった。
赤い目元だったら、きっと彼女は気づくだろうから。

着替えて出てきた綱吉を、骸は不機嫌そうに出迎えた。

「ちんたらしてるんじゃありませんよ。それでも天下のドン・ボンゴレですか」
「お前もっとやさしい言い方できないの」
「子供に気遣われてうれしいんですか?」
「オレが悪かったです…」

ため息をついて、綱吉は骸の手をとった。
少女は嫌そうに、でも大人しく手を繋がれている。

「子供扱いしないで貰えますか」
「矛盾だなぁ!まぁ、とりあえず、オレが寂しいんだ。お願いだから繋いでよ」
「いい年した大人が」
「だから寂しいんじゃん」

ぶんぶんと腕をふると、彼女は迷惑そうに眉を寄せた。
綱吉の手にすっぽり入ってしまう、ちいさな手。
この持ち主が真実六道骸だったとしても、違ったとしても、幸せにしたいと綱吉は思っている。
それだけは変わらない事実だった。

「パフェとジェラートで許します」
「イヤお腹壊すって絶対」

けれど、クフフと上機嫌に笑う少女を見下ろして、その赤と青の両目が眩しげに細められているのを見た瞬間。
ああ、やっぱり骸であって欲しいと、綱吉は思った。
泣き出したいくらい切実に、そう思った。












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