「・・・もしもし。ああ千種、今ですか?日本です日本。ジャッポーネ」

ちゃんと連絡してください、心配します、と回線の向こうで部下が続けたので、思わずため息が出る。
近頃誰も彼もが骸に構う。まるで弱った動物にするように。

「は?食事?とってますよ、ええ、明日には帰ります。凪たちにもそう伝えなさい」

まだ何か言いかける電話を、ぶつりと切った。
食事をしたというのは嘘だった。
食べる気がしないのだ。別にいいだろう。
端末をしまいながら目の前を見上げる。
からりと晴れた、でもどこかイタリアよりも淡い青空を背にしょって、クリーム色の家が建っていた。
こぎれいな二階建てで、家自体はそう大きくないがちゃんと木の植わった庭があった。
人を雇っていたのか、荒れた印象はない。
これで洗濯物でも干されていれば、穏やかな、ごく普通の家庭に見えたろう。
骸はコートのポケットから丁寧に鍵を取り出してドアに差し込んだ。
なにもついていない冷たい金属は、なめらかに滑り込んでぴたりとはまった。
小さく身震いをしてから鍵を回す。
ドアの向こうはひんやりと静かだ。
骸は玄関の段差をちらりと見てから土足のまま上にあがる。
かまうものか、自分の家だ。
文句を言う人間はいないじゃないか。
皮肉に笑った。
遠慮なく踏み込んだ先はリビングだった。
照明に照らされた室内は、持ち主の趣味にふさわしく暖色でまとまっている。
絨毯。テレビ。少ない家具の中にコタツがあるのは日本ならではか。
ちいさなダイニングテーブルに椅子が二脚。
食器棚はがらんとしていたが、ワイングラスだけが二つ、揃いで並んでいた。
暗がりに浮かぶ青白いグラス。
骸は黙ってスッと目をそらし、テーブルの隅に積まれたカタログを手に取った。
揃えて隅に寄せるだけで片づけたつもりだったのだろう、あの男は。
家具のカタログ、食器のカタログ・・・車まであるのには驚いた。
イタリアのコレクションは置いてくるつもりだったのだろうか。
ところどころにマーカーで印のつけられた冊子をめくっていく。
マル、バツ、サンカク。
あらかた目を通して家具のカタログを裏返した骸は、裏表紙の余白に書き込まれたメモに気付いて手を止めた。
〈欲しいもの。ソファー、ベッド、風呂回り、本棚。〉
立ち上る懐かしさに目眩がする。
本棚には「?」がついていた。読書よりもゲームの方が好きな人間に本棚は確かに不要かもしれない。
四十代になってゲームもないだろうが。
メモは続く。
〈どうやって説得する? 1、泣き落とし→ムリ 2、論理的にセットクいやムリ〉

「説得くらい漢字で書け。いい年した大人の癖に」

骸は鼻を鳴らし、指先で紙を弾いた。
おまけになんだこの字の汚いこと。最近はマシになっていたのに殴り書きのせいでミミズのようじゃないか。
ふと、書類と格闘する彼の姿が頭に浮かび、骸は無表情になる。
てつだってよ、と、声が聞こえたような気がして首を振った。
どうかしている。
気を取り直して続きを読む。
〈3、周りを抱き込むのはいいけど納得しなさそう〉
もはや選択肢じゃない。否定文だ。
喉の奥で笑いながら骸は目を細めた。
どうせこの日本で隠棲するために周りを説得したかったんだろう。
確かに、求心力もあり組織の要である、言い換えれば弱点である沢田綱吉が本部と離れて暮らすというのは難しいことだった。
骸はよく知っている。
彼があの大きな力から逃れることは、本当に難しいことだった。











「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -