「なあ、五十までは生きてよ」

なにかあるたびに、綱吉はそう言った。
なにかといっても大きなことではない。
散歩の途中だったり、食事の合間であったり、夢の中であったり。
ふと手を止めて、彼は目を細める。

「骸さぁ、とりあえず五十までは生きろよ。健康にさ。そっから先は一秒・・・は嫌だけど、一日とかだっていいよ。お前の自由で」
「五十過ぎたら死ねと」
「そうは言ってないだろ」
「だいたい五十なんかで世界が掌握できますか。七十まで僕は現役です」
「血気盛んで結構だな」

とにかくさぁ、若死にはやめてよ。

あんまり何度も言うので、反乱を起こしたこともあった。
六道骸の命が沢田綱吉ごときに心配される筋合いはないと、ハッキリ見せつけてやろうと思った。
若死に?なにを馬鹿なことを。
自分の望みも達成しないまま死ぬほど、弱い存在じゃあない。
三十近くだったろうか。
今となっては、あそこでムキになるくらいならどこぞの政府を乗っ取る算段でもつけていればよかったと思う。
三年ほど無駄にした。
そんな骸もいつしか四十の半ばを過ぎて、綱吉の言う「五十」に近づいてきた。
そうすると、あの言葉に何の意味があったのか気になるようになった。

五十まで。

真意を確かめる間もなく、沢田綱吉自身が五十に届かずに死んだ。
四十七。
二十二になる息子が、不安定ながらも立派に跡を継いだ。
予定より二年早かったというが、遅いくらいだ。
沢田綱吉が継いだ歳を思えば。
その息子が内々に話したいというから、骸は今こうして面倒をこらえ、主の変わった執務室のソファに座っている。

「六道さん、ちゃんとご飯食べてらっしゃいますか。菓子類だけじゃなくて、栄養のとれる料理とか・・・睡眠は、」
「手短に。僕は疲れている」

無表情にさえぎると、彼は目を伏せた。
切れ長の鋭い目だった、
髪の色以外はちっとも父親に似ていない。

「父の遺品の中に、ひとつ、日本の物件がありました」
「それで?」
「地方の一軒家です。少しずつ家具や庭を整えていたようです」
「はあ」

骸はだんだん話を聞く気が失せてきた。別荘がどうした。
沢田綱吉は日本人だ。
ちょっと向こうに骨休めしたくなることもあるだろう。
どうでもいい。
そんなこと、至極どうでもいい。

「父が亡くなった場合の相続者に六道さんが指名されています」
「はあ?」

なんだそれは。

「こちらがカギです。処分はもちろん六道さんにお任せします。ですが、どうか一度、父の遺した家を見てやってください」

お願いしますと差し出された封筒を、骸は狐につままれたような表情で受け取った。

「父の書類には他にもいろいろありました――」

それを聞いて骸はますます不可解に思った。
ただ先程までの面倒くささは引っ込んで、今は少しばかりの興味があった。
あの男は何を考えていたのか。

「日本、ねえ」









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