―ねぇ、幸せ?

じっと見上げる子供の目は底の見えない闇夜のようだ。

―いつも泣いてばかりいるね。

それでも自分は幸せなのだと、呟いたら、その顔がグニャリと歪んだ。

―うそぉつきぃ

ほんとは寂しくて不安で気が狂いそうな癖に笑うんだね。
大切な人ほど離れて行くのにね。
そしてそんな自分を可哀想に思って泣くのでしょう。
ひどく恵まれているのに、いかにも不幸な顔をしてあの人にすがるんだね。

あぁ、にこりと笑ったその顔は幼い私自身で、

―そんなキタナイお前は愛してもらえない。

「知っているよ」

呟いてその首をねじきった。


ハッとして起き上がれば見慣れた自分の寝室で、ああ夢だったのだと気づく。
ふと部屋の隅の暗がりを見ると、青白い足が月に照らされていた。
ぺたり、足音をたてて近づくにつれて露になる姿は、夢に出てきた幼い私自身であった。すると私はまだ夢を見ているのかもしれない。

―ねぇ、キミ、生きてるのって、楽しいかい?

くすくすと囁くように子供は言った。

―楽しいわけないよねぇ?尊敬する兄には憎まれ、その取り巻きに邪険にされ、僅かな家臣の他に信用できるものもおらず、食事さえ毒に脅かされる。
守るべきものはあまりに多く、敵は遥かに多く、しかし自分と共にあるのは冷たい玉座ただひとつ!!

子供はいまや自分の目の前にいた。

―苦しいよね、寂しいよね。どうしたらいいのかはよくわかってるでしょう?…その枕下の短剣で喉をひとつき!!

あははは、ひどく愉快そうに笑っていた。
子供、そして私自身も。

死。
それに焦がれたこともある。
けれど、たとえこの手の中にあるのが冷たい玉座だけだとしても。たとえ疎まれ憎まれ傷ついても。
この背中にふれるアルカディアの温もり。それだけで私は、

―うそつき

なおも痛いほどの真実を伴って口を開く子供の喉に、再び手をかけた。

「おやすみ」

ねじきる直前に悲しげに歪んだ瞳は、酷薄な氷の色をしていた。






(―逃げたって無駄さ、僕はキミの中にいる)








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