約束の薬指を、くれてしまおうかとか思うよ。
お前のためだけに髪をのばそうかとか、俺の体に手を加えていいのはお前だけにしちまおうかとか、思うよ。
ラブロマンスの感傷か、他人の生き方を羨んでか。
お前の眼球が欲しいとか、お前の骨はきっと飲み込もうとか、思うよ。
でも実際は、俺は薬指を手にくっつけたままでむさ苦しくなった髪の毛を床屋で切るし、いざお前が死んだら普通の、普通の見送りをするんだろう。
生きていくんだろう。
それが正しいと思う。
それが少しばかり寂しいと思う。
お前のためだけに生きるような、熱烈に不健康な恋ができない俺を、かなしいと思う。
「感傷はお済みで?」
隣で男が言ったので綱吉はぎょっとして振り向いた。
黒いコートの男は、この二十年あまりで長く伸ばした髪を風に揺らして立っている。
「なんで」
「なんでもなにも、煙の上がる廃墟を見下ろしてさみしそうな顔していれば、わかりそうなものだ。
相変わらずなんの役にもたたない同情をしていたんでしょう」
「ああ」
合点がいったから微笑んだ。
「そうか」
「ええ」
そうか。骸、お前、まだ俺に夢を見てくれるのか。
胸のうちで呟いて、再び眼下に広がる戦いのあとを見つめた。
『燃料タンクへの引火』によって失われてゆく施設は惨憺たるありさまだったが、それを見る綱吉に訪れるのは悲しみではない。
もう昔のように、がむしゃらに感情を動かしたりしない。
泣いて笑って、何かあるたびに傷ついて、あの頃の俺はなんて不器用だったんだろうと思う。
けれど無鉄砲だった分、ありえない選択肢がたくさんあった。
あの頃の俺を、今でもお前は俺の中に見てくれているのか。
火は衰えることを知らず燃え盛っている。
敵は壊滅。逃げた残党、関係者への対応はこれからだ。
逃げ道になるようなルートは事前に押さえてあるし、そう逃げられはしない。
それぞれ協議の余地があるならボンゴレの下に入ればよし。なければやむなし。
何度も繰り返した手順を静かに思い浮かべた。
胸が塞ぐ。何に対してかは微妙なところ。
なあ骸。
廃墟を見下ろしながら考えていたのがお前のことだと言ったら、お前は失望するだろうか。
「かなしいなぁ」
骸は鼻で笑った。
「くだらない」
言って、彼は俺の手を取って引いた。
「行きますよ。キングが前線にいるもんじゃない」
「うーん・・・」
骸。
冷たい革手袋の感触が左手にある。
お前にこの手も、腕も、心臓も、全部やってしまいたい。
やってしまって、そうして、どこまでも一緒に行きたい。
小指を切って、来世を誓ったっていいと思う。
・・・くだらない。
陳腐な感傷を、俺は実行しやしないんだ。
この年月が思い知らせたのは、いかに自分が健康に正常に図太く生きていけるかだったじゃないか!
「骸」
「なにか」
「骸を俺にちょうだいよ」
「君が僕のために死んでくれるんならね」
「何それキツい!」
骸はもう一度鼻で笑う。
簡単に道を踏み外せそうだったあの頃。
戻りたいとは思わない。
生きていくだけだ。
このまま生きていくだけだ。
喉から手が出るような衝動を無視したって生きていけると、俺は知っている。