「どこか、遠くへ行きませんか」

窓から外を眺めつつ、正一が言った。
小さな椅子に姿勢良く座っている彼を見て、白蘭は不思議そうに首をかしげた。

「なぁに正チャン、デート?」
「一緒に片田舎にでも行って、大農園を開きませんか。これからの時代は農業です」
「うーん、つまんなそう」
「まさか!戦術的で難易度もあって僕らにはぴったりですよ。優秀な人材を集めて、新しい体系を作るんです」
「へぇ、つまりニューワールドって言いたいわけだ」
「ええ」
「悪くないね。でも、だめだよ。どうせならもっとやりがいのあるゲームがしたいでしょ」

迷うそぶりもなく白蘭が笑ったので、部屋の内側へ振り向いて正一も笑った。
笑ったまま視線を落とす。
膝の上で組み合わせた両手は土気色をしている。
知っていたさ、と、声に出さずにつぶやいた。
彼がうなずかないことくらい知っていた。
なぜなら、目の前の彼は数多の平行世界に横たわる海そのものだから。

彼はすべてを奪いたいのだ。
マフィアのボスとなって、血で血を洗いながらすべてを奪いたいのだ。
他の白蘭と同じように。
正一が殺さねばならない、あの白蘭たちと同じように。
けれどそんなにたくさんの世界があるのなら…ひとつくらい、ひとつくらい彼が穏やかに暮らす、少なくとも血臭のしない世界があるんじゃないかと思った。
まだ変えられるのではないかと思った。
たとえば僕が彼と仲間で居続けられるとか、そんな未来があるのではないかと。
僕はついさっきまで祈っていたのだ。
知っていたのに。

指は冷えてこわばっている。

こちらを怪訝そうにうかがう薄紫色の目と視線が合った。
口から言葉が転がり出る。

「好きですよ」

あなたが好きですよ。
言うと、彼は意表を突かれたように目を丸くした。

「どうしたの急に」
「なんとなくですよ」

彼はまだ困惑している。
たまにしか見られないその表情だって好きだった。
正一は彼の顔が網膜に焼き付くよう念じながら目蓋を閉じる。

おどけた仕草を愛しても、鋭い横顔を愛しても。
柔らかく微笑む瞳を愛しても。
繋ぐ手のあたたかさを愛しても。
悪や罪から切り離して、愛している彼だけを取り出すことなんてできやしないのだ。
彼は海だ。両手に収まりきらない青く広大な海だ。

正一は意識して呼吸を整えた。
何食わぬ顔で指をほどかなければならない。
もう、道は断たれてしまったのだ。
こらえきれずに小さくあえいだ。
さようなら、輝かしい日々。
次に目を開けるときにはあなたを憎んでいるだろう。








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