三年前の今日。
深夜、綱吉は平手打ちで目覚めた。
ぱちん!と小気味よく音をならしたのは六道骸の右手で、眠気がぶっ飛ぶ痛みを感じたのは沢田綱吉の左頬だった。

「いってぇ!!なんだよこんな遅くに!!」

目を白黒させる綱吉の前にずい、と右手を差し出してヤツは笑った。

「Trik or Treat!」
「…とぅりっかとぅりぃ?」
「お菓子くれなきゃいたずらします」
「ああトリックオアトリートね!」

ようやく彼が流暢な発音で寄越した言葉を理解した。
渋々一階へ降りようとした綱吉を、骸はがっちり押さえて離さない。

「骸、」
「お菓子、持ってないんですよね?」
「いや下に行けばチョコあるよ…!」
「今、持ってないんですよね?」

彼は満面の笑みだった。



二年前のハロウィン。
綱吉はさすがに学習した。
寝巻きのポケットにランボ達にやった飴玉の残りを突っ込んでおいた。
やはり骸はやってきて綱吉をひっぱたこうとしたので、慌てて起き上がってその手を制した。

「おやおや起きていましたか。さあ沢田綱吉、Trik or Treat!」
「どーぞっ!」

手の上に乗せられた飴玉を一瞥して、骸はそれをポケットにしまった。
ほっとした次の瞬間、骸は綱吉をベッドに押し倒した。

「は?!お菓子あげたじゃん!」
「チョコレート以外はお菓子と認めません」
「横暴だー!!」

オレの服を剥ぎ取る彼はめちゃくちゃ良い笑顔だった。



そして去年。
イタリアに移った最初の年、ついにオレは撃退に成功する。

「Trik or Treat!」

オレがチョコを持っていないであろう脱衣場に押し掛けてきた。
言ってやりたいことは多い。
まずどこから入ったのか。
そしてなんで風呂に入ろうとしているとわかったのか。
答えは聞きたくないような気もする。
勝ち誇った顔をしている骸の鼻先に、オレはチョコをつき出した。

「ほら」

骸はぽかんとした。
まさかパンツ一丁の相手がチョコを持っているとは思わなかったらしい。
そうだろうとも!
綱吉はふんぞり返った。
どうんなもんだ、オレだってバカじゃないのだ!

「あとそれゴディバだからな。高級チョコじゃなきゃチョコじゃないとか言ってもムダだからな」

だめ押しされた骸は変な顔をした。
立ち尽くす彼に紙袋を握らせてぐいぐいと押し出した。

「じゃ」

バタンとドアを閉めて、綱吉は三年ぶりに穏やかな夜を手に入れたのである。
後日得意気に顛末を話した綱吉にリボーンは言った。

「なんだツナ、骸のイタズラってのがそんなにイヤか。どんなことされるんだ?」

ぜひ参考にしたい、とニヤニヤ笑っている。
綱吉青くなって首をふった。

「い、言えないよ!」
「ほォ、人に言えないくらい恥ずかしいのか?あん?」
「恥ずかしいに決まってるだろ!!あ、あんなの…!」

綱吉は首まで真っ赤になった。
リボーンは間違えて砂糖が1カップ入ったエスプレッソを飲んでしまったかのような形相をした。
信じられないものを見たときの顔だ。

「ほ、」
「ほ?」
「もか!!」
「モカぁ?」
「まさかまさかとは思っていたがな…」

無敵のヒットマンらしくないよろけた足取りで彼は出ていってしまった。
なにがどうして「モカ」で「まさか」なんだ。
綱吉にはわからなかった。
不思議なことにその次の日から見合い話が増えた。



そんなこんなで今年も、とうとう10月31日になった。
今回は入浴中かもしれないと綱吉は睨んでいる。
しかしさすがに風呂場にチョコは持ち込めない。
綱吉は朝風呂戦法を選択した。
骸のいたずらの性質上、彼の襲撃は夜に限定されるからだ。
そして今綱吉はチョコを肌身はなさず携帯している。
準備万端の様子を見て、書類を受け取りに来たクロームが微笑んだ。

「ボスと骸さまが仲良しで、うれしい」
「仲良しっていうかあいつはオレに対する嫌がらせに力を抜かないんだよ…」

渋い顔で腕組みした綱吉に彼女は首をかしげた。

「ボスと骸さまって、つきあってるんだよね?」
「え?」
「え?」

たっぷりの沈黙の後で、クロームがおそるおそる口を開いた。

「ボスと骸さまって恋人なんだよね?」
「オレと骸が?」
「ボスと骸さまが」
「まっさかぁ!ありえないって!ないない!」

クロームは面白いこと言うなぁ、と笑いながら言ったら虫けらを見るような視線が返ってきた。
なんでだ。

「早く認めたらいいと思うの」

去り際になぞめいた言葉を残してクロームは退出した。
その目がやっぱりゴミを見るようだったので綱吉は若干心に傷を負った。

「なにを認めるんだろ」

考え込んでいるとドアがノックされた。

「はいどうぞー」

返してもドアの向こうは沈黙している。
ここまで来たからには幹部たちかリボーンのはずなのに。
不思議に思って立ち上がり、ドアを開けてみた。

「どちらさまー?」

用心にグローブをはめつつ廊下を見てみると、少し離れた位置に骸が立っていた。
ついに来やがったな!
綱吉は勇んで胸ポケットのチョコへ手を伸ばした。

「沢田綱吉、」
「ん!」

さあ来いと身構えた綱吉の視線の先で骸の体が前傾した。

「Trik or…」
「…うん?」

ブゥンと聞きなれた音がして骸の姿が歪んだ。

「トリィイィトォオォォオ!!」
「んぎゃー!!!」

廊下をこちらに向かって全速力で這いずってくるゾンビの群れに綱吉は思わずドアを閉めた。
思いっきり閉めた。
死ぬ気で閉めた。
幻覚とかそういう問題ではなく、反射的にそうせずにはいられない光景だった。
ドアの向こうからクフフと笑う声がする。

「クフ、クフフ逃げましたね沢田綱吉」
「な、なんだよ!」
「つまり君は…いたずらを選択したわけだ」

綱吉は硬直した。
なるほど、確かに綱吉はチョコを渡さずに部屋に引っ込んでしまった。
チョコを準備していようがいまいが、渡させなければいいのである。
あっぱれな戦略だった。
さすがは謀略の男六道骸だった。
しかしだからといって、綱吉は敗けを認めるわけにはいかないのだ。

「骸、話せば分かる。おまえチョコ好きだろ?!」
「見苦しいですよボスともあろう人間が」

ドアが思いきり蹴破られた。
ドアを押さえていた綱吉は避けきれず、絨毯と熱烈なキスを交わすはめになった。

「去年は油断しましたが、今年は逃がしません」

骸はゆっくりと綱吉に歩みより、その服に手をかけた。
凄みのある悪役面の笑みである。

「さぁ脱げ。そして着てもらいますよ…この制服を!!」
「だからなんで女子用なのー!?」

彼が高らかに掲げたのは黒曜の女子制服だった。
三年前はまだ普通だったのが、二年前にミニスカートになり、今年はどうやらヘソが出るようになっている。
そう、ここ最近のハロウィンで、彼はいたずらと称し綱吉に女装させたあげく写真を取るという嫌がらせを強行してきたのだ。
ぶっちゃけ恥以外のなにものでもないと思う。
大の男が女子高生の格好なんて誰にも言えやしない!

「問答無用です」

ギラついた目で骸は綱吉のネクタイを引き抜いた。
こうなると綱吉は、なぜだか蛇に睨まれた蛙のようになって、あれよあれよというまにひん剥かれてしまうのだった。
完敗。











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