自分の体に戻った骸が、体が動かせるようになって最初にしたのは髪を切ることだった。
専用のハサミなんて病室にはあるはずもなく、紙用の、ごく普通のハサミで切ったらしかった。
綱吉はその現場を見ていない。
ある日見舞いにいったら、髪が出会った頃よりも短くなっていたのだ。
だからあの頃綱吉は、病院ののっぺりした床に散らばる彼の髪は蛇に似ていたろうか、なんて、想像をした。
こちらを見た彼はにやりと口角をあげた。

「どうです。亡霊のように悪趣味な姿とはおさらばです」
「さっぱりしていいと思うよ。そうしてるとフツーのさわやかな高校生だもんなぁ!サギだろ!」
「クフフ」

彼は自分で整えた自分の輪郭に満足しているようだった。
俺は、その様子もひっくるめて、骸に対して安心した。
清潔な病室にいる骸の姿は、新しい画用紙に描いたみたいに清々しかった。

それから彼はあっという間に退院してしまった。
なんでもないように暮らして元気に(迷惑なくらいに)活動を始めたから、中学二年生の沢田綱吉は、「やっぱ骸は激強だぁ」なんてつぶやいて、こっそり笑ったりしたのだけど。
何年もたった今、終わってなんかいなかったことに気付かされている。


綱吉はキッチンに立つ骸を見つめた。
一緒に暮らすようになって二ヶ月たつ。
沸騰したお湯を前にタイマーとにらめっこしながら、彼はさりげなく左脇腹を押さえていた。
ちょうど、口のあったあたり。

「骸、」
「なんです」
「…半熟がいい」
「クフ、知ってます」

骸はいつかのように笑った。
彼が脇腹を押さえる意味なんて、とっくに気づいている。
でも、彼が慎重に積み上げてきた「なんでもない」状態を傷つけるようで、綱吉は結局何も言えない。
立ち上がって、骸の背中から腕を回した。
そうすると綱吉の手のひらが骸のそれと同じ場所に触れる。
つまりは左脇腹。
彼はくすぐったそうに声を漏らす。

「骸もうちょっと肉つけたら?さわっててアバラが分かる」
「君は僕にぶよぶよになれと」
「筋肉でいいよ筋肉で」

ゆっくりと脇腹を撫でながら綱吉が言うと、骸は眉を下げて笑った。

彼の態度を強がりという言葉で片付けるのは安易だろう。
誇り高いのかもしれないし、あるいは一度恐れを認めたら崩れてしまうくらい危うい状態なのかもしれない。
たしかなのは、彼は助けを求めるつもりはないってこと。
だから、骸が信じきれる日がくるまで、綱吉は何度も抱きしめて、何度もその腕に、足に、口付ける。
なめらかな皮膚の下には、柔らかい薄い肉があって、固い骨がある。
いびつな目も、唇も、ないんだって、何度だって教えてやろうと思っている。
そ知らぬふりで勝手にやるぶんには、かまわないだろうと思っている。
応援だ。応援。助けなんかじゃなくて。
綱吉は広い背中に頬を寄せた。

「おまえの体だね」
「…ムラッときました」
「まじでか」

ソファーにもつれ込みながら二人で笑った。
とりあえず火を止めてもらおう。
もう黄身まで固くなっているかもしれないけれど。










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