…余裕に笑ってみせるわりには、手負いの獣の様じゃないか。

男が言っていた意味が、今ならわからなくもない。
嘲笑ったその男も、今はボンゴレの改革者にふさわしい壮麗な墓の中に眠る。
手負い。言い得て妙ではないか。
傷ならとびきり深いのを負っていた。

(「デイモン、」)

「見たでしょうプリーモ。獅子は成った」

すべてを力で平らげる王者として、歴史は始まった。
ボンゴレの強く、尊い歴史だ。

私は正しかった。

傷の回復を確信したが、それを認めさせたかった相手はすでに異国で骨となったと聞く。
土に還ったろうか。

暗い地下室にはなにもない。
四方を石で固められたこの場所では、体はいずれ塵になっても、土になることはないだろう。
それでもいい。
なんにせよ、スペードには自分の遺体を隠蔽する必要があった。
「ある」ことが大事なのではない。
「あると思わせる」ことさえできればいい。
細工は長い年月をかけて用意してきた。
あとは自分の体さえ見つからなければ、世界はD・スペードの存在に恐怖し続けるだろう。
いわばこれは、D・スペードという幻覚の最後の仕上げだった。

(ああ、ボンゴレに栄光あれ!)

干からびた瞼を下ろすと暗闇が広がった。
さながら幕の下りた舞台上だ。
そこでスペードは途方にくれる。
彼は物心ついたころから道化だった。
今こうして舞台が終わって、どこへ行けばいいというのだろう?
無意識に目がさまよう。
暗闇の中に見慣れた人影を探していた。
――ああでも彼は土に還ったのだ。

「ジョット、」

呼び声は迷い子のように弱々しく震えていた。

思い出したのはいつかの昼下がり、木に登って降りられなくなった猫を見つけたときのことだ。

(「見ろ、デイモン、猫だ」)

(「ハハ、さては降りられなくなったな」)

(「おいで」)

グローブをまとわない手のひらがそっと猫を抱き上げるのを、スペードはくっきりと覚えている。

(これでは猫とかわらない)

舞台の降り方がわからないなんて滑稽だ。
爪を噛んでから気づく。
舞台から降ろしてくれる手も、還るべき場所も、すべて自分から捨てたのだった。

(降りれないのなら)

降りなければいい。

もう一度名前を呼ぼうとした口を意思の力で押さえて、スペードは歪に笑った。
ここが舞台である以上は、どうせまた別の幕が上がるのだ。
ボンゴレという王者を讃える劇は始まったばかりなのだから。

そうして暗闇でずっと待っている。
けれど、何を?


ぼやけた目的からは目をそらしたまま。
ただ飢えるような欲求を抱えて、永い時を焦がれている。









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