小学生の時に焼いたクッキーを、友達に「…炭?」と言われてから、長らくお菓子作りからは遠ざかっていた綱吉だった。
去年のバレンタインも市販チョコで乗りきった、そんな綱吉だった。
でも、恋人との初めてのバレンタインに、チョコを手作りしたいと思うくらいにはどうしようもなく女の子だった。
そして遂に意を決し、綱吉は母親に宣言する。

「母さん」
「なあに?」
「チョコを、作ろうと思う」

奈々はたっぷり10秒間をあけて、ようやく「まぁ」とだけ言った。


奈々が本棚から持ってきたのは「カンタン!チョコで作るやさしいお菓子」とやたら簡単さを強調した冊子で、表紙にはかわいらしいハートのクッキーだのマフィンだのが載っている。
見覚えのあるそれに綱吉は思わず口をひきつらせた。
なにを隠そう、件の炭クッキーはその冊子のレシピだったのだ。
だから、冊子自体が若干のトラウマを彼女に残していた。無理からぬ話ではあった。
しかし綱吉は今、これを克服しなければいけない。愛ゆえに。

「生チョコとクッキーならどっちがいいかしらねぇ…」

拳を握る綱吉の傍らで、奈々が心配そうに呟く。
焼くのも心配だが溶かすのも心配だった。
もはやすべてが心配だった。

「クッキー、は、ちょっと…」

かつて炭と(レシピに忠実に作ったにも関わらず)言われたものに挑戦する勇気はまだない。
溶かして混ぜて固める生チョコの方が幾分かマシに思われる。

「そう?じゃあ、材料買ってらっしゃい」

母がメモに書き付けていく材料を、綱吉は食い入るように見つめた。
きれいな字が呪文のように並んでいく。
綱吉の字は母に似なかった。今までは気にもしなかったけれど、好きな人が出来てからは時々悲しくなったりする。
板チョコ、生クリーム、アルミカップ、アラザン、

「アラザンって?」
「ほら、トッピングに使う銀の丸いのよ。見たことあるでしょ?カラースプレーとセットになってると思うわ」
「あ、わかった」

財布とメモを持たせてもらって、綱吉は雄々しくドアを開けた。
いざ行かん戦場へ!
だけど綱吉だって、まさか13日のスーパーマーケットが本当に戦場だなんて思わなかった。
製菓コーナーの人、人、人。
並盛中の乙女が結集してるんじゃないかと綱吉は半ば呆然と眺めた。
そりゃたしかに並盛にはそこそこ美形が多いから不思議じゃないんだけども。
だからって。だからって。
どんなに状況が過酷でも、綱吉に足踏みは許されない。愛ゆえに!
綱吉は一人重々しく頷いて、年頃の乙女たちの群れへと姿を消した。

「板チョコ…あ、すみません!と、アラザンあった、うわごめんなさい!」

ボロボロになりながらたどり着いたレジで小銭をぶちまけかけながら(気合いで阻止した。死ぬ気に近かった)、綱吉は買い物を終えた。
勝った、もとい買ったのだ。
なんだかすっかりすべてやり遂げたような気分で帰った綱吉を待っていたのは腕捲りした母親で、「さぁ」と厳粛な声で告げた

「手を石鹸で洗ってうがいをしなさい。そして、エプロンをつけなさい」

エプロン。
最後につけたのはいつであろうか。先々月の調理実習だったろうか。
綱吉の数々の失敗を知るそいつ。
胸元のうさぎのアップリケが不敵に笑っているようだった。

「負けない…!」

うさぎめ、人間の意地を見せてくれようぞ!



結論から言うと、生チョコは大成功だった。

「う、え、」

奈々がかわいくラッピングしてくれたチョコを前に綱吉は涙ぐんだ。
アルミカップが歪んでいたり、トッピングがばらついていたりはしているけれど、ちゃんと、ちゃんと固まっている。
味だって奈々が確認してくれた。

「できたぁ…!」

へなへなと座り込む綱吉の頭を優しく撫でて、奈々が笑った。
娘の成長を思って笑った。
不器用で弱虫で、男の子みたいな顔をしていた子が、どうだろう、ちょっとの間にちゃんと女の子になっている。

「カレの名前、何ていうの?」
「えっ!えっと…!」

真っ赤になって視線をさまよわせる綱吉を、奈々はニコニコと待っている。
ひたすら待っている。
ついに耐えきれずに綱吉は口を開いた。

「む、くろ」
「むくろ君?」
「うん」
「まぁかわいい名前!で、イケメンなの?」

かわいい?
骸本人からは想像もつかないような言葉に思わず首をかしげた綱吉だった。
どっちらかというと、そう、

「かっこいい、よ」

言うなり真っ赤に湯気を出してうつむいた娘に、奈々はもう一度「まぁ」と呟いた。

「ごちそうさまね!」



頑張れ恋する女の子!











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