骸が連れてきたのは、極普通のアパートだった。くすんだクリーム色の外壁や暗いエレベーターは、何年も遠ざかってはいたけれど、幼い頃慣れ親しんだ日本の住宅街と同じ影を持っている。
ただそれは、目の前の男とはあまりに不似合いに思えたけれど。

「むくろ、」
「501号室ですからね。はぐれないで下さいよ」

ぽーんと間の抜けた音を立てて開いたドア。振り返りもせずに言い置いて行く背中を慌てて追った。

(あれ、なんだろこの感じ)

ぴしりとした背中を見つめながら、既視感に首をかしげる。

(いつだっけ、前もこんなことが・・・あ!)

そうか、そうだ。あれは酷い大喧嘩をしたときだ!あの時も部屋に戻るまで目もあわせないで二人っきりになった瞬間、

がちゃん。

骸が部屋の鍵をかけた。

「・・・幽霊に鍵は意味ないんじゃないかなあ」
「おや、閉じ込められる心当たりでも?」
「いや、その、」
「まあ座りなさい」
「え、骸さんそこ床」
「座れ」
「はい」

リビングに正座だった。
見下ろしてくる彼の威圧感をやり過ごすべく、綱吉はうろうろと視線をさまよわせる。だっていたたまれない。
玄関から伸びた廊下、すぐにリビング。ここから見えるのはキッチンとベランダ、寝室らしき部屋への襖だけ。
骸には、本当に似合わない。

「何よそ見してるんですか?」

部屋の温度が下がった(ように感じた。綱吉にはもう温度がわからない)。
勇気を出して目を合わせ、あ、やばいやばいこれはやばい。

「綱吉」
「はい」

満面の笑みで、奴は大きく息を吸い込んだ。

「さっきも言いましたが、いきなり死ぬとはどういう了見ですか。わかっていると思いますが君は僕のものであって勝手に僕のあずかり知らぬところへ行こうなんて思い上がりもいいところです。そもそも僕以外に殺されるのもありえません馬鹿ですか、ああすみません馬鹿に失礼でした。君のその空っぽの頭は振ったら音ぐらいはしますかねえ。まあ百歩譲っていきなり死んだのは仕方がなかったとしましょうそれにしたってどうして体のそばにいないんですか、自分の葬式ぐらい見学していけばいいものを!おかげで君と行ったイタリアの場所を片っ端から回る羽目になりましたよ。それで勘違いした雲雀なんかが『傷心旅行かい』とか哀れむように言いやがるし」

ノンブレスだ。綱吉は表情が引きつった。

「誰が傷心ですかそんな余裕ありませんよ必死ですよ。寝る間も惜しんで駆けずり回って野良猫の一匹一匹まで確認したんですからね!それが終わって並盛に来てみましたけどここもはずれ。まさかとは思いましたがよりによって」

そこら辺からはもう綱吉は無心だった。先生のお説教を聞く要領である。
骸の深みのある声が右耳から左耳へとものすごいで流れていくのを感じながら、綱吉は骸をしげしげと見つめた。よく見れば彼の髪はぼさぼさで、シャツはよれよれの浮浪者の様子を呈している。
なるほど、たしかに彼はとても苦労したようだった。かつて見たことがないような乱れ方だ。見れば見るほど酷い。イケメンがこんなに汚れているのは世界にとっての損失だ。
怒られていることも忘れて、綱吉は口を開いた。

「骸」
「だから数ヶ月前だって発信機つけてくださいって言ったのにプライバシーがどうのとか、だったらちゃんと連絡すればいいんですよ!そうです、今回だって呼んでくれれば絶対に、」
「骸」
「今度はなんですかいったい!」
「ヒゲ」

彼はキッと口を結ぶと、目を三角にして足音荒く洗面所へと向かった。

「俺はお前のタマゴのよーな輪郭が好きだったよ」
「奇遇ですね、僕もです」

ひとりごとだったのに、水音と共に返事が返ってきた。地獄耳の骸。二つ名をつけて、綱吉はにやりと笑った。
それにしても、二人とも良い年したおっさんになってしまったなあと、綱吉はあごをなでる。
つるりとした感触。幽霊はひげも伸びないようだ。剃れない綱吉には、ありがたい話ではあった。

「あーどーしよ」

幽霊であるからには成仏しなければなるまい。なるまいが、やり方なんてわからない。

「なあ骸、成仏ってどうしたらいいか知らない?」
「はあ?!させませんよそんなの!僕が死ぬまで待ちなさい!」
「死ぬな」

急に真顔になって綱吉は言った。

「死ぬなよ骸、絶対だ。おまえには犬も千種も、クロームだっているんだから」

ちょっと動きを止めてから、骸はすねたようにそっぽを向いた。

「・・・誰が自殺するなんていいましたか。しませんよ、世界を掌握するまでは」
「まだそんなこと言ってたのかよおおおおおお!」
「クフフフフ、僕がマフィアを解体するのを指をくわえて見ていると良いですよ!」

そうして、ちょっと黙ってから、骸は続けた。

「それまで、ここでいっしょに暮らしますよ、綱吉」
「・・・しょうがないなあ」

二人暮し。年甲斐もなく、どころじゃない。こちとら死人だ。それでもちょっとわくわくする響きだった。








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