「きみの小指を下さい」

六道骸が舌舐めずりするような声で言ったので、沢田綱吉はネクタイを緩めながら「うへぇ」と顔を歪めた。

夜の自室。
テーブルの上には数枚の女性の写真と紹介状が散らばっている。

「君が誰と寝ようと結婚しようと知ったこっちゃありません。君の行動に一喜一憂するなんて真っ平ごめんです。なので、死んだら小指だけ僕に下さい」

つらつらと並べ立てられ、綱吉はうんざりしてため息をついた。
この台詞が初めてならばドン引きもしよう。
頭の具合を心配して悲痛な気持ちにだってなってやろう。
しかし回数を数えるのが馬鹿馬鹿しくなったあたりからは面倒くさいの一言である。
第一、まるで綱吉自身には興味がないように言っておきながら服を脱がすこの手はなんだこの手は!

「矛盾じゃないの。オレが誰と寝ようと興味ないんだろ」
「興味ありませんね。なんだろうと僕は君を抱きますから」
「俺の意思は?」
「いつも同意するじゃないですか。僕の下で」
「お前そろそろ殴るぞ」

あまりのやるせなさに綱吉は深くため息をついた。

「お前はオレの身体にしか興味ないんだな」

何の気なしに呟いた言葉が思ったより震えていて、綱吉は狼狽した。
胸に渦巻いていた倦怠感が質量を増して圧迫してくる。
なんだこれ。

誤魔化すように綱吉は視線を天井にやった。

「酷い言いようですね。僕はこんなに真剣に君をあいしているのに。それこそ魂ごと」

揶揄するような口調に違和感を覚えて視線を戻すと、彼は笑っていなかった。
ただ、焦がれるような、切実な目をしていた。
彼は綱吉の左手をとって、小指を口に含んだ。
ぬめる舌が輪郭を確かめるように動いて、硬い歯が柔らかく食い込む。
彼はゆっくりと口を離した。
唾液に濡れた指先が、外気に触れて冷えていく。

「ください、小指。大切にしますから」

綱吉は今日一番大きなため息をついた。
六道骸はじっとこちらを見つめている。
悲しいを通り越して、イラッと、きた。

綱吉は襟首を掴み上げる。

「あのさぁ、なんでお前はそんな結論に達するわけ?魂ごと愛してるから小指くれってサイコでぶっ飛んでる自覚ある?だいたいどんなに美化したってなあ、死体の小指が欲しいなんて変態でしかないだろ!だからさぁ!」

六道骸は無表情で見下ろしてくる。
からかうように「小指が駄目なら目でもいいですよ」と、口先だけで笑った。
ちがう。
ちがうだろ、問題はそこじゃない!

沢田綱吉は息を吸い込んで、声を叩きつけた。

「全部を欲しがれよ!!」

愛しているなら、どうして必要としないのだ。
一方通行の都合のいい想いを愛と呼んで、オレを自己陶酔の為に利用するというのならお断りだ。
それは結局、自分がいくら彼を愛そうと、彼は興味がないということに違いないじゃないか。
そんな寂しいことって、ない。

数秒の沈黙。
六道骸が歯ぎしりして、口を開いた。

「君が、それを言うのか。すべてを与えられもしないくせに」

地を這うような低音で彼は呻く。
弱音を見せないこいつの、精一杯の本音であることはわかっていた。
彼の言うことが真実であることも、わかっていた。

(オレの体はボンゴレのもので、オレの時間はファミリーのもので、オレの薬指はいつまでオレのものかわからない)

だからだろう、いつだってこいつの根底には諦めのような暗いものがあって、けれど、それに対して立ち竦むようなことだけはしたくなかった。
今。怒りが強く足を突き動かすのでまったく問題はない。
綱吉は思いっきり襟元を揺さぶった。
「ああそうさ人間誰しも自分は自分だけのものじゃないからな!それでもオレの愛は全部お前のもの、な、の!!!」

力の限りに叫んだ綱吉に、骸はうっすらと笑っただけだった。

耳ついてんの、お前。

「それもいつかは失われる。…約束が欲しいだけなんですよ、どんなに憎もうと最後には僕へ還る」

優しくオレの指をほどいて彼は言う。

「約束はやはり小指でしょう?」

瞳がまったく動揺していないのを見て泣きたくなった。
綱吉には欲しがらない骸が悲しいし、心中を提案するでもなくただ死んだらなんて綱吉のいない世界の仮定を話す骸が悔しい。
なにより寂しい。
まるでオレだけ欲しがるようで。
オレだけ一人で踊るようで。

綱吉は離れていく指を握り返して両目を合わせた。
こいつの澄ました顔が無性に嫌だ。
手にあらんかぎりの力を籠めた。

「お前の言うそれは約束じゃなくて保険だろ。安全なところから恋が出来ると思うなよ!丸腰でかかってきやがれこんちくしょう!!」

あたって砕けて傷ついて、それでもその中に繋がるものがあるだろう。
失うかもなんて仮定して怯えるぐらいなら、がむしゃらになる無謀さを持てばいいだろう。

六道骸の目が揺れた。
あと少しだと、綱吉は思う。
逃がすつもりはさらさらない。
ずっと前から音楽は始まっているのだから。










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