それはそれはうららかな日差しだった。
沢田綱吉はベンチからちびたちを見守りつつ、太陽光を全身で享受した。光合成のようだった。
その隣で、非常にカッコイイ仕草で缶のプルトップを開けているのは六道骸だ。
缶には〈特選 濃厚ミルクの幸せココア〉と印字されている。
二人の間に会話はない。ただ暖かさに弛緩した空気だけがある。
しかし、それを唐突に、骸が破った。
「動くな!」
視界の端に「それ」を見つけた彼は鋭く叫び、綱吉の肩をつかんだ。
綱吉はぎょっとして、身を固くする。
やれ刺客だの殺し屋だのと、ああ嫌だ嫌だこんな平和で幸せな時間を邪魔するなんて、マフィアはなんて残虐なんだ!
上着のポケットに手を伸ばしかけたところで、妙なことに気付いた。
骸が珍妙な動きをしている。
ぐるぐると――指を回していた。
「…なにしてんの」
「黙って」
真剣にピシャリと返されて、綱吉は渋々口をつぐむ。
解せない。
ぐるぐる回る指先を見ているうちに目が回り始めたところで、骸は唐突に綱吉の頭に手を伸ばした。
一閃。
次の瞬間には、びっくり顔の綱吉の前に赤トンボを手にご満悦の骸がいた。
「…」
「どーですこの僕の手腕!恐れ入りましたか」
「うん、おまえがその遊びを知っていることにびっくりだよ」
指を回してトンボを捕まえるなんて、日本の子供でもしらない子がいるんじゃないのか。
綱吉は感動さえ覚えた。
「凪が教えてくれたんですよ」
骸が得意気に胸を張る。
綱吉にしてみればクロームが知っていたのにもびっくりだ。
「なんでも、日本に伝わる基本的な幻術だそうじゃないですか!」
「誤解だー!!」
叫ぶ綱吉をよそに骸はご機嫌でトンボをつまんでいる。
あまり直視したくなくて目をそらした。
その、ね。目とかね。足とかね。
「おや」
骸がにたりと笑った。
「まさか綱吉君――虫がお嫌いで?」
「いやいや別にまさかそんなバカな」
冷や汗をかきながら目をそらす姿に説得力がないのは自分でも分かっている。
骸がいやらしい顔つきで手を近づけてくる。
ぎょろりとした気持ちの悪い目や細かく痙攣する取れそうな足だのが迫ってくる光景に耐えられず、綱吉は思わず目をつむった。
だってあんまりにあんまりだった。
飛んでいるのを見るのは好きだけど、近くで見るとか触るとかは勘弁して!
そんなふうに体を強張らせていた綱吉の唇に、やわらかな感触が降ってきた。
パチッと勢いよく開けた目の先で、骸が空になった手をヒラヒラさせて笑っている。
「クフ、こんなに隙だらけだと心配になってしまいますねぇ」
「隙もなにもおまえのせいだろっていうか今何した?!」
「何って…」
と、遊んでいたランボが、混乱して詰め寄る綱吉を指差し声をあげた。
「ツナったらキスしてたもんねー!!」
「ぎゃー!!」
「…おやおや」
囃し立てるランボを追いかけるべく全速力で駆け出した綱吉を見送って、骸はため息をついた。
「指で触っただけだったんですがねぇ」
からかうつもりだったのに予定が狂ってしまった。
「まぁ、これはこれで…」
さっきまで隣にいたかわいい彼は、奇声をあげる子供を間抜け面で追い回している。牧羊犬の方がよほど凛々しいだろうに。
大きなわめき声がここまで聞こえてくる。
「も、まじやめろってランボ!恥だから!!」
「…」
骸は微妙な顔をした。
そこまで言われるとなんだかイラッとするような。
腐った気分で足を組み直す。
綱吉はやっと子供を捕まえたようだ。
抱えあげて、肩で息をしている。
なんとなく見ていると、彼は赤くなった顔を伏せて指先でそろりと唇をなぞった。
さらに顔が赤らんだ。
「…」
気が変わった。
「綱吉君やっぱりキスしましょう」
「ば、ばかやろぉおぉぉぉ!!」
帰れと叫ぶ彼は、今度は逃げる側だ。
六道骸が追いかけるが、その姿は綱吉と違い遥かに機敏で優雅なので、捕まるのはおそらく、あと数秒の問題なのだった。