六道骸の背中には、沢田綱吉にしか分からない傷がある。
沢田綱吉にも、触らなければ分からない。
一見、白く滑らかな背中にある凹凸といえば浮き出た背骨や背筋のなだらかな隆起。肩甲骨。それだけのもので、大抵の人は「きれいな背中」と称す。
ただそれが、人為的なものであると気づけるのは限られた人間だけで、さらにその傷に触れられるのはたった一人だけだった。
大理石のように、静かで、欠けるもののない背中。
完璧であることに違和感を覚えられさえしない彼という存在が、ただの人であることを綱吉は誰よりも知っていた。
もしかしたら彼自身よりも。

湯上がりにズボンだけを履いて、彼はぼんやり窓の外を見下ろしている。
むきだしの背中になんとなしに手を伸ばして、綱吉は一瞬びくりと指先を震わせた。
まるで石のように冷たく錯覚したからだ。
もちろん錯覚であることはすぐに知れて、手のひらから伝わるしっとりとした肌の感触と熱とに綱吉は息をついた。
ついで、手をすい、と、すべらせて、確かにそこにある山脈のようなひきつれや、鱗のような爛れに感覚を研ぎ澄ませる。
伏せた焦げ茶の瞳に映るのは石膏のようにつるりとした皮膚だ。
だから、綱吉は手の皮膚で目を凝らして耳を澄ます。

「君、そうするの好きですよね」

されるがままになっていた骸が呆れたように言った。

「そうかな?」
「そうですよ…あ、こら、くすぐったい!」

脇腹まで触りはじめた綱吉の手をつかんで、骸はくるりと向き直った。
背中から手が離れたことを少し残念に感じながらも、綱吉は笑って恋人の腕の中におさまった。

「捕まえました」
「捕まりました」

二人同時に吹き出した。
くすくすと笑いながら骸は綱吉の髪に顔を埋めた。

「ひどい癖っ毛ですよね本当に!」
「だまらっしゃいサラサラキューティクルめ」
「ほめてます?」
「まぁ、うん」

なんですかそれ、と、わざと拗ねたように顔をしかめて見せて、骸は体を離した。
喉が乾いたのだろう、台所へ向う彼に、今度は綱吉がぼんやりとする番だった。
背中が光の下にさらされている。

――嘘だろう。

綱吉は胸の奥で呟く。

なぁ、骸。たくさんのものを背負って、守ってきた人間の、おまえの、その背中がきれいだなんて嘘だろう。

見たいものでも、見せたいものでもないでしょうとおまえは言ったけれど。
それは真実かもしれないけど。
ただ俺には、網膜からじゃなくたって、確かにおまえの背中がみえている。


それを、たまらなくすてきなものだと思ったりもするんだよ。


うつくしい背中










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