6月9日は、大抵4人で過ごしてきた。
骸と、犬、千種、クロームの4人だ。
ただ、それに加えて、毎年大きな包みが届く。
どこに居たって届く。
世界の裏側だろうと、マチュピチュだろうと、オイミヤコンだろうと、はたまた厳重なセキュリティに守られた密室だろうと、必ず6月9日が終わるまでに、届く。
中身は手作りのチョコレートケーキだったり、高価な服だったり様々だ。
一番迷惑だったのは巨大なテディベア。
犬が張り合おうとして黒曜がぬいぐるみだらけになった。
捨てるのも面倒で、今は寝室に放置している。

「今年はどこへ行きましょうか…」

くふふ、と、低く笑った。
彼を駆り立てるそれは最早意地だ。
今年こそは逃げ切るという意地だ。

「楽しそうだびょん」
「…そうだね」

けれど、部下たちには、彼が旅行の計画でもたてるかのようにうきうきして見えていた。
彼等にはちゃんと、彼等の主人の分かりにくい本音が分かっていたので。
たとえば、テディベアだってすごく喜んで目を輝かせていたし、ぬいぐるみだってまんざらでもなかった。
寝室で時折話しかけているのも知っている。
知らないのは当人ばかりである。

「あのくそ忌々しいアルコバレーノのせいで、なんと猶予はあと10分しかありません。近場ですませますかね…」

舌打ちして、骸は呟いた。
今日の夜になって押し付けられた案件は面倒なことに明日が期日だった。
だがしかし。
明日は悠長に仕事なんてやっている場合ではないのである。
愛という名の超直感を駆使しまるでホラーのように届けられるプレゼントから、六道骸は全力で逃走せねばならぬ(少なくとも、彼はそう考えている)のだ。

「もちろん10分あればどこにだって行けますけどねクッハハハハハハハ!」
「…骸様、」

高笑いする主人に、千種が言いづらそうに呼び掛けた。

「なんです千種」
「クロームがまだ買い物に行っています」
「ケッ、あんなトロい女、置いてけばいいんら」
「…犬」

たしなめるような千種の声に、犬はそっぽを向いた。
骸は「おやおや」と呟いて時計を見た。
針はあと8分で重なってしまう。

「そろそろ帰ってくるはずですが、」

言いかけた千種を遮るようにインターホンが鳴った。

「おや、クロームは鍵を持っていかなかったのですか」

不思議そうな骸の問いに、千種は緩く瞬きをして返した。
持っていかなかったかもしれないが実際はよくわからない、の意である。
しかし、このアパートは4人しか知らない場所なので、クローム以外とは考えにくい。
首を傾げながらも骸は笑顔でドアを開けて、――閉めた。
ガッと鈍い音をたてて、ドアは止まってしまった。
手がねじ込まれた後だったのだ。
それを辿ると、破れた包装紙から突き出た腕にたどり着く。
その全体を見ると、それは大きな――人一人入るぐらいの――プレゼントボックスの形をしていることが分かる。
玄関前にある謎の巨大かつファンシーな包み。
それから突き出た腕。
異様である。
更にその箱の中から声がする。

「ひどい!なんで閉めるんだよ!!」

よく知る男の声であった。
六道骸は恐怖した。
(あるいは、背筋を駆け抜けた衝撃を恐怖と認識した)
なんということだろう。
今年はとうとう包みではなく、本人がやって来てしまったようだ。

「何故ここが分かった沢田綱吉…ッ!ああ答えなくていいので帰ってくださいさようなら」
「ツンデレ!」
「違います」

否定は聞こえていないのだろうか。
バリバリと包装を破って現れた男、沢田綱吉は、頬を染めて笑っている。

「えっと、今年は骸の誕生日を一緒にお祝いしたいなと思って」
「帰れ」
「ひどいなぁ…。プレゼントだけでも、もらってくれないかな」

きつい口調の拒絶に、眉を下げて寂しそうに笑うものだから、なんだか骸まで胸が痛いような気がして目をそらした。
くそ、これじゃ僕が悪者みたいじゃないか。

「じゃあプレゼントだけ寄越しなさい。もらってあげます」
「本当?よかった!優しくしてね」
「…はい?」

ぱっと顔を輝かせた表情に気をとられながらも、聞き捨てならない台詞に六道骸の頬がひきつった。
優しくしてね、とは、これいかに。
棒立ちになる骸に向かって綱吉は照れたように笑った。

「今年のプレゼントはオレです!」

六道骸は目眩を堪えなければならなかった。

「バレンタインといいワンパターンな男ですね!!」
「今回はちょっとちがうから!」
「何が違うんです!」
「前回はキスまでだったけど今回は最後まで」
「黙れぇぇぇぇ!!」
「照れなくてもいいだろ、もう大人なんだからさ」
「そういう問題じゃありません。ああもうどこからつっこめばいいんだ!!」
「え、いや、そ、それは…オレの後ろから、」
「そっちじゃありませんよ巡ってしまえ君なんか」
「生まれ変わって会いに来るよ!」
「壮大なストーカーですね!」
「両想いならストーカーじゃないだろ!それとも、」

あれは、やっぱり違ったの?

「あれ」がホワイトデーを指していることを悟り、骸は口をつぐんだ。
目の前で綱吉はへらへらと笑っているが、指先は押さえ込むように握られている。
骸は長いため息をついた。
綱吉の笑顔がひきつる。

癪だ。
かなり癪だ。

それでも、六道骸は腹をくくるべきタイミングをちゃんと理解していた。

「…好きですよ。そうでなければ捨て置きます」

綱吉は一瞬泣きそうな顔をして、すぐにまたへらりと笑った。
しまりのない顔だった。

「骸様、あと二分しかありませ…」

様子を見に来たのであろう千種は、押し黙り、眼鏡の位置を直すと玄関のドアを閉めた。
向こう側から犬の声が聞こえる。

「骸さんなんらってー?」
「今年は一人で行くらしいよ…邪魔しないように留守番するよ、犬」
「はぁ?!いみわかんねーびょん!」

はっと我に返りドアを引っ張るとガチッと音がした。
鍵がかかっている。

「締め出された…」

呆然とする骸の横で綱吉が時計を見て「あ、」と呟く。

「お誕生日おめでとう、骸」

見上げてくる綱吉の表情を見て、「だらしない顔ですね」と呟いた。
自分もこんな表情をしているのかと思うと腹がたったが、どうしようもなかった。
この毒の解毒剤を、六道骸は持たなかったのである。


幸福。症状は顔の筋肉の弛緩と体温の上昇。





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -