最初はガラスや陶器で、その次はプラスチックだった。
ところが綱吉が死ぬ気の炎で溶かしてしまったので、金属に変えた。
しかしそれが重くて扱いづらく、更には大変固くて痛かったため、紙にしてみた。
家計に優しくなかった。


「どうしたものでしょうね」

床を見下ろしながら、神妙な顔で骸は言った。

「どうするって、なにを」

気だるげに綱吉は返した。
部屋の中で無傷なのは二人だけだ。

「食器ですよ、食器」

足元に散乱する紙屑は二人の喧嘩で投げ合った食器の成れの果て。
本来は飲み物や食べ物を入れる器だったのに、その役目を全うする前にゴミになってしまった。
二人で暮らしはじめて数ヶ月経つ。
喧嘩の度に二人が投げ合い、買い直さねばならなくなる食器をどうにかしなければと模索したものの、どの材質でもうまくいかない。
なんたって人間として規格外な二人の喧嘩である。
その暴力のまえではすべてが壊れやすい物と化す。
今回も買いためてあった紙コップを(もちろん紙皿も)すべてゴミにしてしまった。
家計に大打撃だ。

「お前が」

綱吉はゆらりと立ち上がり叫んだ。

「浮気しなきゃいいんだろこのすっとこどっこいぃぃ!」

投げつけられたフォークを優雅に受け止めて骸も叫び返す。

「誤解です彼女はたまたまスーパーの帰りに一緒になっただけです!」
「うるさいだまれ今日という今日は許さない!果たす!」
「あ、なんですか君だってあの忠犬の台詞使ったりなんかして、浮気です浮気です!」

投げ返されたフォークをフライパンで弾いて、綱吉は近くにあった胡椒の瓶を掴んだ。
ちなみに弾かれたフォークは部屋の壁に掛けられた時計に刺さった。
この時計はもうとっくに壊れて使えなくなっているので、時間確認にはもっぱら腕時計を使う。

「これでもくらえ!」
「ちょ、なにするんですか!くしゃみって寿命縮むんですよ!?」
「知るか!」

胡椒まみれの骸を見て綱吉は爆笑した。
骸は二つくしゃみをして、眉をしかめた。

「不愉快です」

言うが早いか綱吉を抱きしめた。

「おま、なに…っくし!」
「クハハハハこれで君も胡椒まみれですよ、さあもう一回です!」
「なにがだよ!」
「くしゃみに決まっているでしょう。僕がいなくなった世界で君が誰かのものになるのは耐えられないので同じだけ寿命を縮めて下さい。さあもう一回!」
「むかつくから絶対してやらないね!」

ぎゃいぎゃいと叫び合い、お互いの襟首を掴んだ瞬間、裂くような電子音が響いた。
発信元は綱吉のポケットだ。

「…もしもし」

無表情で端末を耳にあてる綱吉を、骸も同じく無表情に見下ろした。
二人の意識は端末の向こうに向けられている。

「うん、うん。なんだ、それならすぐカタがつくね。…別に軽く見てる訳じゃないってば」

端末越しの叱責を気にも留めず、綱吉は安心したように瞳をわずか緩ませた。
その様子を見て、骸もさりげなく体の緊張を解く。
通話を続ける綱吉にはもう興味がないようで、そっぽを向いている。

「うん。すぐ向かうよ、ありがとう」
「今度は何ですって?」

端末をしまう綱吉に骸が聞いた。
先ほどまでの剣幕が嘘であるかのように落ち着いた仕草だ。

「えーっと、うちのシマでちょこまかしてた詐欺グループのバックがわれたからって」
「おやおや、次から次へと戦いがお好きですね、マフィアは」
「まぁそう言うなって」

綱吉は苦く笑って、隅でぐしゃぐしゃに丸まっているスーツを拾った。
はたきながら「うわ、破片だらけ」と呟いている。

「…いいでしょう。しかたないので今日の夕食は僕が作っておいてあげます。希望は?」
「カルボナーラ!」
「いいでしょう」

満足げに骸はうなずいた。
「ちょうど生クリームを買ってきてたんです」と言ってから、骸はハッとしたように動きを止め、深刻な声音で囁いた。

「皿がありませんよ」
「あ。…フライパンとか使えばいいんじゃない?」

片手に持っていたそれを放ってやると、骸は渋い顔で受け止めた。
情緒がないなどとぶつくさ言っている割に別の案を出さないところを見ると、フライパンという妥協案には納得したようだった。

「やべ、すぐ来いって言われてたんだ!行ってきます!」
「行ってらっしゃい」

穏やかな声を背中に受けながら、綱吉は今こうしている幸せのことを考えた。
二人だけで(しかも街中で)暮らすのは、本来許されたものではない。
散々条件をつけて、無理を通して漕ぎ着けた生活だった。

家を数歩出て、綱吉は振り返る。
慎ましい花壇に揺れるチューリップ。
レースのカーテン。
強い日差しを跳ね返す赤茶色の屋根。
穏やかな日常の下に、確かな不安が潜んでいることを、知っていた。
電話一本、あるいはメール一通で、なにもかもが一変してしまうことを、二人とも分かっていて。

(そんな、限られた幸せだからこそ)

綱吉は思う。
限られた幸せだからこそ、終わりに怯えるべきじゃない。
馬鹿みたいに感情をさらけ出して、全力でぶつかっていくべきだ。
ケンカだってして、泥臭く生きていきたいじゃないか。
きれいなものは儚さを感じさせて、怖い、から。

(ガラスはすぐ割れるからこわい。陶器だって)

瞼を閉じて綱吉は息を吐いた。

ケンカだってして、くだらないことでゲラゲラ笑って。
傷だらけのぐちゃぐちゃで、俗っぽく生きてきたのだ。(否、生きていくのだ。)
それなのに脳裏に焼き付いているのは、家の中で佇む彼の、その泣きたいくらいに優しい横顔、なのだった。



その意味するところを、綱吉はちゃんと、わかっている。









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