「どこかでお会いしましたか、」

向かいに座る彼は、戸惑ったように聞いた。
馬鹿らしくなって笑った。

「いいえ、君と僕が会うのは初めてです」
「そう、ですか」

腑に落ちないように首をかしげて、彼は困ったように笑った。

「すみません、どうしてか懐かしい気持ちになって」
「それは不思議ですね」
「ですよね。なんでかなぁ」

ああ、そう言って細めた目に浮かぶ穏やかさ!
ひきつれた唇からなにも溢れないように、きつくきつく噛み締めた。
血液は舌の上で熱い。

「誰か、を、さがしているんです」

彼はポツリと言う。
大切な人を。
誰より愛した人を。
夢見るようなその横顔を、何と題すべきかわからなかった。
寂寥、郷愁、あるいは渇望。

「名前を覚えていれば、聞くことができるのに。あなたは俺の―――ですかって」
「それは残念でしたね」
「はい、残念です」

真面目くさった顔で頷いて、彼はこちらを見つめる。
その瞳はとても真剣だ。

「やっぱり、どこかでお会いしていませんか」
「いいえ、残念ながら」
「本当に?」
「ええ本当に――おや、携帯電話が鳴っているようですが」

明滅する橙色を指して言えば彼は慌てたようにそれを耳にあてた。
数回うなづいて切られた回線。
向こう側はなにやら聞き覚えのある声だった。
なるほど、業というものは深く深く根付くものらしい。

「すみません、呼び出し来ちゃって…!俺はこれで失礼しますね」
「残念ですね。…楽しかったです」
「はい、俺も。あの、また会えますか」

こちらを見つめるのは黒い瞳だ。
胸を塞ぐ感情は名無しのままに胃の腑に落ちる。
あの時の"彼"のようには笑えまい。
それでも台詞を辿るのは祈りに似ていただろう、か。

「当然です」

場面に似合わない言葉に、それでも目の前の彼はうれしそうに笑う。

「さようなら」

歩き出す背中。
似てもいないのに重なる影は亡霊とよべる。
…悲しいかな、"彼等"は死んでしまった。

前世の記憶。
繋いだ指先も体温も、六道骸を名乗った"彼"のもので、僕のものではない。
愛された記憶もすべて"彼"であって僕ではなく。
なにより、暖かな光も、もう死んでしまってこの世にない。
どこをさがしても"彼"はいない。
けれど愛された記憶が光を諦めさせない。
亡い面影を探している。

あぁ、君も探し続けるのか。

黒い瞳の青年を思った。
大切な人、愛した人。
けれどそれは亡霊で、その記憶は君のものではないのだと、彼は理解できるだろうか。"彼等"はもう、どこにもいない。
知っていてもそれを打ち消す願望。
彼の中に光を見つける浅ましさ。
でもそれは投影であってひどく彼を侮辱することなのだろう。
しかしあるいは、彼も僕の中になにかを見出だすならいっそ真実たりえる?

ぐるりと廻り続ける思考を淵に沈めて彼は目を閉じた。
馬鹿らしいと笑いつつも漏れる吐息は"彼"への羨望だ。


  亡い面影を探している。







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