多分彼は来ない。
時計を見上げて、綱吉はくしゃりと顔を歪めた。
あと数分で日付が変わる。
…二人とも別に、遠出していたわけではない。
自分は書類が終わらなくてずっと執務室に缶詰だし、彼も今日は任務が入っていなかったはずだった。
それでも彼は現れなかった。
何度も経験したイベントを、忘れるような人間ではないだろう。
だって彼は意外とお祭り好き。

「来て、欲しかったなぁ」

恋人ではないのだ。
綱吉が一方的に好きで、時々向こうも応えてくれる。
好かれていると、自惚れていたのだ、無意識に。
押し付けたバレンタイン。
それでも返事が返ってくると。

「やんなっちゃうよなぁ…オレばっかり、好きで、」

報告書に添えられたメモすら捨てられないでファイルしてあることや、覚えのある香水の匂いがするたびに姿を探してしまうことを、きっと彼は知らない。

「あー…。早く寝たい」

疲れているときは弱気になっていけない、と、綱吉は肩を回した。
時計は57分を指している。
嘆いたってしょうがない。
綱吉は自分に活を入れる。
もともと彼が流されているだけだというのは分かっていたじゃないか。
なぁに、眠って起きればこんな感傷も忘れて、元気になれるに違いない。
そうしたら彼に会いに行って、好きだと言って抱きつけばいい。
なんの問題もない。
そうだろ?

乾いた笑みを浮かべた瞬間、部屋のドアが吹き飛んだ。

「沢田綱吉!」

般若の形相で怒鳴ったのは、綱吉が会いたかった、六道骸その人であった。

「何故いつまでたっても現れない?!日付が変わるだろうこのすっとこどっこい!ああもう、取りあえず受け取れ!」
「うえぇぇぇ?!」

どうして骸がここに、とか、すっとこどっこいってなんだよ、とか、言いたいことはたくさんあったが、言い終わるなり彼が何かを投げつけてきたので、それを受け止めるのが精一杯だった。
殺人的なスピードで迫ってきたそれを受け止めた瞬間、時計の針が重なった。

「ギリギリ…セーフですね」
「うん、オレの命がね!!」

眉間めがけて真っ直ぐ跳んできた物体は硬い缶だった。
ぶつかっていたら意識は間違いなく飛んでいたろう。

「はぁ?何言ってるんですか。ホワイトデーに決まってるでしょう」
「…え?」

慌てて確認すると、缶にはかわいらしい絵が書いてあり、リボンがついていた。
間違いなく、プレゼント用のお菓子である。

「ホワイト、え?うん?」
「君のことだから押し掛けて来るものだと思って部屋で待ってたのに、何ですか!5分前になっても現れやしない!」

イラついたように捲し立てられて、キャパシティが追いつかない。
え?じゃあ骸はオレへのお返しを用意してたってこと?

「用意してくれてたんだ…」
「何を今さら。去年までは笑顔で催促していたくせに」

眉を寄せた骸に綱吉は、あ、ともらした。
自分の犯罪歴を思い出したからだけではない。
要求されたから、慣習的に用意してしまっただけなのだと察してしまったからだ。

「…ありがとな。もう来年からは無理に用意しないでいいよ」

無理に笑えば骸は目を見開いた。

「は?どういう意味です」
「だから、もう用意しなくていい」
「どういう意味だ沢田綱吉。他に好きな人でもできましたか」

彼が、ぐっと、声の調子を下げて言うので慌てて反論した。
そうじゃない。

「今だって好きなのは骸だけだよ!」
「じゃあなんなんですか!」
「オレが毎年無理言うから用意してくれてるだけなんだろ?!」
「生憎そのぐらいで好きでもない相手に用意するほど弱い精神は持ち合わせてませんね!」
「え」

え?

骸はサッと無表情になって、「じゃ、帰りますから」と言った。

「え、まって、好きって言った?!今好きって言った?!」
「黙れ煩い離せ、僕はもう帰る!」

腕にしがみつく綱吉をグイグイと引き離して骸は叫んだ。
しかし綱吉とて、あの骸を戦慄させるほどの変態だ。
すっぽんのように食いついて離さない。

「愛してる!」
「知ってます!」
「オレのこと好き?!」
「…―好きですよ」

耳元で囁かれた優しい音に呆然とする綱吉を置いて、骸は足早に部屋を出ていった。

「うそぉ…」

綱吉が骸にアタックし続けて早数年。
今日初めて、骸に告白された綱吉だった。








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