ドサァ、なんて音をたてて尻餅をついた人間を見下ろして、六道骸は目を細めた。
背後で部下たちが色めき立つのがわかる。
短気な一人が、胸ぐらを掴んで立たせながら「どこ見て歩いてんだ」とドスの効いた声で囁いた。
ひっ、と、華奢な肩が揺れる。
ごめんなさいと慌てて連呼する彼に、他の部下が「謝るなら頭にあやまんな」と、怖い顔で言った。
彼は飛び上がって辺りを見回し、骸を見つけると目を見開いた。焦げ茶の瞳だ。

「あ、あのあのあの、すみません!その、オレ、ぼんやりしてて!大丈夫でしたか!」

暢気なものだ、と、嘲笑とも苦笑いともとれない表情をして、部下たちが然り気無く彼の回りを取り囲む。
この一帯を支配下におき、警察も政府も口出しできない特区にしてしまったヤクザの頭、六道骸。
基本的に無益な殺生はしないが、仇なすものは皆殺しの冷徹さでここまでのしあがった男である。しかもちょっと気まぐれ。
この前なぞは、たまたま見かけた白髪のチンピラを血祭りにあげていた。初対面にも関わらず、だ。
まるで前世からの敵とでもいうような、念入りな痛め付け方だった。

そんな頭だったから、ぶつかるなんて不遜な真似した人間を殴り付けるぐらいしてもおかしくなかったし、ましてや、殴る前にその人間を逃しなんかしたら、自分達がどうなるかわかったもんじゃなかった。
だから、自分の身でなく六道の怪我を案じる若い男に呆れながら、部下たちはしっかりとその逃げ道を塞いだのである。

「お、オレ思いっきりぶつかっちゃいましたよね…!」

返事がないことに泣きそうになりながら、彼はオロオロと骸を見上げた。
そして「あれ?」と呟いて、首をかしげる。
食い入るように骸の顔を見つめて、更に首をかしげた。
その仕草で骸は確信する。
間違いない。“彼”だ。

「…なんですかそんなにじろじろと」
「わっ、す、すみません!じゃなくて怪我!怪我大丈夫でしたか?!」

部下たちが固唾を飲んで見守るなか、六道骸は困ったように眉を寄せて、言った。

「困りました。右腕、折れちゃったみたいです」
「「「えぇぇぇぇ」」」

その場の誰もが嘘だろうと思った。
だがしかし彼はそうは思わなかったらしい。
みるみるうちに顔が青ざめていく。

「あぁ、仕事があるのにこんな腕じゃ無理です。締切は明日なのに…」

さもこの世の終わりであるかのような顔で呟く骸。

「ご、ごめんなさい…!」
「謝ったって僕の腕は治りません。責任、とってください」

若い男はぶるぶる震えていたが、決心したように頷いた。

「オレに出来ることならなんでもします」
「本当ですか」
「はい。そ、その、出来る限りですけど…責任、とります」

彼は、どもりながらもハッキリと言った。
ハッキリと、言った。

「クフ、クフフフフ…、言いましたね?」
「な、その笑い声!!」

彼は弾かれたように後退り、顔をひきつらせた。
そして、叫ぶ。

「やっぱりおまえか六道骸ー!!」
「クッハハハハハハ!薄情ですねぇ綱吉君!前世の恋人に気づかないなんて!!」
「だっておまえ顔変わってんだもん!」
「まあこれ僕の体じゃないですしねー」
「んなぁっ?!」

先ほどとは打って変わった態度で高笑いする六道。
逃げようとする綱吉をガッシリと掴み、微笑んだ。

「とりあえず手始めにこれにサインしてください」
「…婚姻届じゃねーかぁぁぁぁあ!!」
「責任とるって言ったじゃないですか」
「その責任じゃねーよ!…ってか右腕ピンピンしてんじゃねぇかぁぁあぁぁぁぁ!!」
「しまった」
「しまったじゃねぇ!」

ぎゃいぎゃい騒ぐ二人を遠巻きに眺めながら、部下たちはうっすらと微笑んだ。
…どうやら自分たちの頭は気まぐれなだけでなく、変態だったようだ。



こうして今生こそは一般ピープルをエンジョイするつもりだった沢田綱吉の人生は、やーさんな六道骸に巻き込まれるドタバタ結婚生活へと様変わりしてしまったのである。

合掌。








「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -